FILE:11-2 ―― 馬命のトロッコ問題②

「気分悪い。俺」

「どうでもいい。この辺にゾンビがいない理由も分かった。連中が掃除したんだろう」

 一匹、また一匹と撃たれている様が目に入ると、ハンドルを握る鷹邑の手が力んだ。

「駄目だ、俺は行くぞ」

「なら下車して一人でやれ。車は私が引き継ぐ」

 あくまで左門はなんの興味もない様子で、相変わらず窓から景色を見ている。

「お前、何も思わねえのか? 」

「思わん。下手に喧嘩を売って蜂の巣にされるのはゴメンだ」

「敵は多くねえ。お前の援護があればいける」

「あればな。今回は無い」

「……そうか」

 鷹邑は、拳銃でフロントガラスに風穴を開ける。爆音にコウジが跳ね起きた。

 左門が仰天して運転席を睨む。

「貴様! 」

「おい起きろ、コウジ。敵が前から襲ってきた。どうすればいい」

 寝起きの悪い悪童が助手席に飛び込み、命令を告げつつシートベルトを閉める。

みなごろしだ」

 左門は手で目を覆って嘆く。

「貴様、後で覚悟しておけよ」

「あぁ、煮るなり焼くなりしてくれ。俺は人間より動物のがカワイイんだ」

「このロクデナシが! 」左門は思い切り運転席のシートを蹴った。

 車両はグッと加速して距離を詰める。

「左門。撃て」

「……仰せのままに」

 左門が、眺めていた窓のガラス戸を上にスライドさせ、そこから上半身を外へ乗り出して、拳銃を構える。

 車は馬の隙間を抜けてすれ違う。

 スポーツカーの男たちは向かってくるキャンピングカーの正体を掴めていなかった。

「オイ、あのキャンピングカーなんだ?」

「知らねえよ、ほっとけ」

「おいおいおい! 銃銃銃! 」

「ほっとけって! 当たるかそんなも――」

 すれ違い様、助手席でふんぞり返っていた男の一人がこめかみを抜かれた。

「まず一人。あと五人」

 後方からスポーツカーがUターン。カーチェイスが始まりアドニスも興奮しだした。

「わう! わぅ! 」

「どうする。相手は追ってくるぞ」

「だってよ。どうすんだよ若頭」

「左門。貴様まさか怖気づいたのか? 」

「……滅相もございません。必ず全滅させます。貴様はスピードを最大まで上げろッ! 」

 左門が再び運転席を蹴って鷹邑に発破をかける。

「分かったよ! 蹴んな! 」

 左門は窓の縁に座ると、外側から屋根に手をかけ、そのまま車両の上にのぼる。それから屋根でうつ伏せになり、背後のスポーツカーへ向けて銃を構える。

「女じゃねえか! 」「撃て! 」「殺せ! 」

 男達の弾は、人間を撃ち慣れていない素人であることや、左門の位置がやや上方にあることなどで全く当たらなかった。

 それに対して、左門は確実に一人一人減らしていった。スポーツカーであることから、斜め上から簡単に運転席を狙えた。

 戦闘という戦闘は起きないまま、左門は窓から席に戻ってくる。

「制圧した。では、話を聞こうか」

 鷹邑の後頭部に銃口を突きつける。引き金に指がかかり、既に半分引かれている。車が大きく揺れでもすれば、鷹邑の脳漿のうしょうはパーになってしまうだろう。

「……まだだ。待て。来た道を戻る」

「なんだと」

 鷹邑はそう言うと引き返し、撃たれた馬が倒れる場所まで戻ってきた。

 コウジは表情を変えていなかったが、左門は目を見開いている。

「救急キットがあったろ。それで応急処置をす―― 」

―― 絞首。

 シートベルトが鷹邑の首に巻きつき、力の限り引かれた。

「ぐッ!? 」

 鷹邑の顔がうっ血して変色する。

「私はジョークを理解するのが苦手でな。限られた燃料と弾、そのうえ医療道具まで、たかが畜生に利用することの、どこが笑いどころなんだ? 」

「お……れは、動、物が……す、きなんだ、よ」息も絶え絶えに言う。

「私も大好きだ。自分の任務と身内の命を蔑ろにしてまで助けたいと思うほどにな」

 シートベルトがさらに絞まる。

「貴様は殺してシャビを連れて来る」

 だが、コウジが左門の手を優しく叩いた。

「そこまでにしておけ。左門」

「わう」アドニスも心配そうにしている。

「皇治様……」

「脚を撃たれた馬は助けられない。ケツを撃たれてるだけのが二体いる。ソレの止血だけしておこう」

「ですが、そんなことをしていては」

「左門」

 コウジは、睡眠を妨害された機嫌を直しつつ諌める。

「親父が堅気の鷹邑をつけた理由はこれだよ。お前は頭が固いし、命を軽く扱いすぎる」

「……ですが、それでは」

「アドニスの手前もある。とにかく、五分で止血して出るぞ」

 やっとシートベルトの首絞めから解放された鷹邑は、咳き込みながら運転席を降りていく。





―― 次回へ続く。

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