FILE:11-3 ―― 邂逅
――ガーゼを巻かれ、されるがままに止血された二頭の馬は、後ろ脚をもたつかせ、振り返りもせずに去っていった。
鷹邑が運転し、再び眠ったコウジの代わりに、次は左門が助手席に座った。
「俺は昔から動物に好かれるタチでな。代わりに、人間には嫌われっぱなしだった」
「まさか。それが理由ではないだろうな」
「それが理由だ。俺にとっちゃ、殆どの奴より動物のが大事なんだよ」
「まだだ。貴様を殺さん理由には足りん」
「うるせえな……お前の周りの連中も動物みてえなもんだろうが」
「鷹邑」コウジが跳ね起きて、運転席の後ろから脅すように告げる。
「取り消せ」
「……悪かった」
「あと、次に僕の眠りを邪魔したら、この車に乗ってる生き物を全員殺して一人で帰る。僕は運転ができるからな」
「分かったってば……ごめんよ。若頭」
コウジは次こそ本当に眠った。
「……悪かったな」鷹邑は左門にも謝る。
「貴様の自己満足のために命を差し出す気は無い。皇治様に感謝しろ」
「けどよ、命を見過ごすことに慣れたら、人だって守れなくならねぇか」
「畜生に捧げる血は一滴も無いと言っているだけだ」
「そうか……そうか。馬追いって流行ってんのか? 」
「動物虐待自体がトレンドだ。海外からの銃の密輸が増えて、簡単に銃を持てるようになったからな。動物愛護の精神も余裕の産物だったというわけさ」
「酷ぇ話だ」
「銃口が人に向くよりはマシだ」
「そうかねぇ……あ、おいあれ」
鹿の群れが、横たわったり脚を曲げて座り込んだりして、道路を占拠している。
「轢け」
「嫌だよ。どかしてくる」
鷹邑は左門が轢き殺す前に慌てて車から出て行った。
「おーい、お前ら、どけどけー、怖い女に撃たれちまうぞ、どけこら、おら」
尻を蹴ったり、大きな声を出して道を開けさせる。
無事に事を済ませて鷹邑は席に戻った。
「畜生相手にも平穏な解決法があるとはな」
「動物だって死にたくねえんだよ」
――高速を抜けた。
左門は、これから向かう先へ電話を入れる。
「もしもし。こちら伊形組、縣。定刻には着く予定だ」
〝こちらウォッチドッグス通信部。了解〟
「何か問題は起きていないか? 」
〝特には〟
「分かった。また後で」
〝はい。また後ほど〟
通話を切る。
「問題はなさそうだ」
「みたいだな。でもよ、あれ。あの連中なんだよ」
鷹邑が指差す前方に、インターチェンジを塞ぐように、車を横に並べて陣取っている連中がいる。
キャンピングカーが近づくと、その集団の一人が車へ近寄ってきた。窓をおろして、高いところから話しかける。
「何これ? 」
「乗っている人間の数と名前。ここを通る目的を言え」
相手は小銃を持っていたが、一瞬怖気づいた鷹邑を無視して、左門が答える。
「大窪真紀と大窪一平、後ろには息子の大窪春希と犬の菊五郎が寝ている」
「そうだ。俺たちは大窪夫妻だぞ」
鷹邑は鼻を鳴らしてクラクションを叩いた。
「知らん。一般人か。身分証は」
「無い。火事で全て失った」
「すまんが見ての通り、ここを通りたければ物資を置いていけ。無理なら引き返してもらう。高速道路の安全を維持するために何かと必要だからな」
「断る。代わりに貴様らの何人かと寝てやる。それでいいか? 」
男は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたが、左門の淡麗な顔を見るやいなや、鼻の下を伸ばして頷いた。
「もちろんだ。美人で人妻とくれば大歓迎さ」
「おい。左門。何言ってる」
「大丈夫。一瞬で終わらせる」
「そうじゃない」
鷹邑がひそひそと耳打ちする。
「本当にヤる気か」
「ありえん。フリだけして全員暗殺する」
「穏便に行きたい。食料を置いていこう」
「駄目だ。殺せば早い」
「違う。敵が増えるのはマイナスだ。ボスからは仲間を増やせって言われてんだろ? 」
「コイツらは仲間の範疇ではない」
左門に続いて鷹邑も車を降りる。
「なぁ、やめてやってくれない? 食料とかあげるからさ」
「今は飯より女の気分さ。旦那はどいてろ。それとも横で見てるか? 」
退けるように横へ押され、鷹邑の目の色がにわかに変わる。
「まぁ、待てや」
男のこめかみに、鉄っぽい感触が当たる。
「銃持ってんのはお互い様だろ」
銃口はこめかみに突きつけられる。
「ふっ。貴様が人間に好かれない理由が分かるな」左門はくすっと笑った。
「俺はこの手の奴が一番嫌いなの」
それから、男を人質として他の連中に呼びかける。
「おーいお前ら。お仲間が大切なら通してくれ。今なら見逃してやるから! 」
だが、道が開く気配はない。
「俺たちは仲間ってほど互いを信頼しちゃいない」人質は冷笑する。
そうして、睨み合いの状況が続く。
その日は、雲一つ無い晴天だった。
誰もが、この争いのことだけを考えていた。
重力を無視したかのように、車列の中央にあった車が動いた。
車はプラスチックミニカーのように軽々と飛び、鷹邑と左門の真横まで飛んできた。乗っていた者はもちろん、その前に立っていた男の何人かも、巻き込まれて即死した。
「おい。あれ、多分、そうだよな」
「あぁ、十中八九、そうだ」
鷹邑と左門は顔を見合わせ、鼓動を早くし、身体の温度を上げていく。
「あれが―― 」
背丈は鉞と同じかそれ以上。
一糸まとわぬ姿は灰色の筋肉に覆われており、ボディビルのような肉体の完成すら感じられる。身体の両側と広背から二本ずつ腕が生え、それらは宿主と別の意思を持つかのように自由に
人の原型を留めない、正しく未知の種。
―― アビス、襲来。
次回へ続く。
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