FILE:19-13 ―― Back to the Hope.

 かつて救ったアフリカゾウの予期せぬ援軍により、立ち上がった鷹邑は再び希望を得た。


――ゾンビを斬り伏せつつ進む左門も、象の鳴き声を確かに聴いた。

「(象か。あまり近付きたくないが、煙は近づいている。絶対に何かあることは間違いない)」

 左門は走るが、それでも人間の速度には限界がある。

 彼女は自分が女であることを生まれて初めて呪いたくなった。


――象の牙に鳩尾みぞおちを貫かれたアビスは、それを抜くと即座に再生する。穴を腐肉が埋め、その上からパッチワークのように筋肉と皮膚が生成された。

「(ただ、象が来てもコイツを殺すことはできねぇ……粉々にできねえと……)」

 象はアビスに突進すると、その牙を受け止めたアビスはアスファルトに裸足を削りながら後ずさる。鷹邑がそこへ脚払いをかけると、象は体勢を崩したアビスを押し倒し、前脚で胴体を踏みつけにした。

 プレス機のようにアビスの胴が薄くなり、皮膚がプチプチと音を立てながら弾けて血肉が吹き出す。

「いけるッ! 」

 ォォオオンッッ‼

 ただ、アビスも指を立てて手刀の形を作り、象の厚い皮膚へ突き立てようと刺突を繰り返す。それでも、爪は深く刺さらずに、アビスの爪と指がへし折れては再生するばかりだった。

 その間に、我に返った鷹邑はアドニスに駆け寄る。

「アドニスッ! 死ぬなよ、おい、死ぬな……! 」

「フゥ……ン」

 虫の息。吐血が著しい。内臓が破裂してしまっているのだ。犬の手当などしたことがない。外傷でなければ止血のしようもない。鷹邑には、どうすればいいのか見当もつかなかった。

 周囲には獣医などいない。救急キットも無い。

「ハァ ハァ゙」

 アドニスの呼吸にも生気がなくなってくる。口からだらしなく垂れた舌が血に濡れていて、瞳の光も落ちてきている。

「アドニス、ごめん、アドニス……俺の、勝手な」

 それ以上の言葉は出ない。

「ごめんな、アドニス、ごめん、本当に」

 謝罪こそが、今の鷹邑にできる唯一の行いだった。

「ハァ゙ ァ゙……」

 冷たくなるアドニスが、最後に瞑って細めた目が、笑っているように見えた。たくましいシェパードの顔が優しく見えた。

 だが、戦いは終わってくれない。

 アビス以外のゾンビがすぐそこまで来ている。連中はアビスの存在に怯えるように距離を取っていたが、今やその怯えも無くなりつつある。そう見える。

「アドニス。もうちょい待っててくれ」

 鷹邑はアドニスの頭を撫でると、落としていた肩を上げ、立ち上がる。

「俺もすぐそっちに行く」


「何を死ぬ気になっている? キックボクサーのチャンプが聞いて呆れるな」


 その女の声に、鷹邑はハっと振り返った。

「……左門」

「しみったれた顔をするな。涙腺ごと叩き斬るぞ」

 鷹邑は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。彼の面は涙と血の流れた跡でとても情けなかった。

「アレを殺してここを脱し、皇居で皇治様と合流する。それまで息つく暇は無いぞ」

 左門は刀の血を払う。

 アビスは象に踏まれた部分から自分をちぎり離すと、離れた部分を再生させて脱出した。

「分かった。やるよ。俺は、最後まで」

「それでこそ、だ。手伝ってやる」





―― 次回へ続く。

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