FILE:19-12 ―― 助太刀推参
ところで。
アフリカゾウの嗅覚はイヌの二倍。人間の五倍ある。イヌが二十キロ先の臭いを嗅ぎ分けるとなれば、極めて単純に考えればゾウは四十キロ、つまり東京二十三区の広範囲に渡ってカバーすることができる。
そして、以前鷹邑が救ったゾウはアフリカゾウであった。アフリカゾウは一日に数百キロ移動する例も報告されている。であれば、人に追われ動物に追われ、日本を転々としたあのゾウの親子が、偶然東京にいたとしてもあり得ない話ではない。
「(……何だよ、この足音)」
鷹邑が車を爆破させた噴煙を見て、左門はふと思った。
「(あれは)」
左門の極めて動物的な直感。鷹邑がこの街に来ているのではないかという、なんの根拠もない推測。来ているとして、煙なんぞどこにでも上がっている。それでも。
「(……皇治様。お許し下さい)
私は確かめることがある。残りは皇治様を追って皇居へ。私は仲間を助けに向かったと伝えてくれ」
「分かりました。それから、左門さん」
「何だ」
「なんか、嬉しそうっすね」柄木が言った。
「そうかな」
―― その足音は唸るような鳴き声とともに近づいてくる。
「これは、いや、まさか」
ただ、それが到着するまでアビスは待ってくれない。アドニスがその鋼鉄のふくらはぎへ噛み千切らんばかりに喰いつくが、その足取りは変わらない。
ただ、人間という障害を排する。
それのみの為に動く機械じみた殺意。
「グゥッ」
アドニスは足の一振りで解かれ、勢いに歯が何本か欠けた。口から血が滴る。
ただ、警察犬の本領が揮われる。臆せず再び同じ箇所へ喰いついたのだ。
「アドニス……! 」
次はアビスも、アドニスを掴んで直接剥がそうとする。鷹邑は反射的に走り出し、掴もうとする腕にしがみついた。最早戦闘の体ではない。駄々をこねる子どもと親を彷彿とさせる、みっともない争い。
「ウチの……愛犬だ、この野郎……! 」
アビスは、アドニスと鷹邑のどちらを先に殺すか決めかねるように、二人を交互に見下ろした。その瞳孔は淀み、何も見据えていない。
アビスが先に殺そうと決めたのは。
「ンッ……! 」
アビスの空いた手が、足元のアドニスの腹部を殴りつける。音もなく、彼はぐったりと地面に転がり、痙攣して起き上がらなくなった。
「お前ぇッ! 」
鷹邑はアビスの腕を放し、横たわる体に駆け寄ろうとした。しかし。背後から首を掴まれる。
「あ、ぇ、ぁが」
そのまま身体は持ち上がり、体温の無い掌に力がこもる。
「(駄目だ、アドニス、駄目だ、これ、死ぬ)」
そこへ、現れる轟音の主。
「……ぁ? 」
不意に鷹邑を握る手が解かれ、鷹邑の身体がアスファルトへ落ちた。
鷹邑がアビスの方を見ると、その腹から牙のような尖端が突き出ている。
そして、象の鳴き声。
「……は、はは、来た、助けが」
ォォオオオンッ!!
いつかの記憶を辿り現れた、心優しき地上最強の生物。
アフリカゾウの推参であった。
―― 次回へ続く。
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