FILE:2 ―― 辛せは空の上に①

 ふと鷹邑は、アドニスのリードに、折りたたまれて挟まっている紙片を見つけた。

 抜いて広げると中にはこう書いてあった。

――警察署最寄り業務スーパーハヤシにて救助待つ

 そのスーパーは、さっきまで彼らがいた警察署より二キロほど南下した所にある。

「ここで籠城してるってことか」

「アドニスの飼い主が書いたのかな? 」

「てことはソイツは警官のはずだよな。仲間が増えるなら心強い」

「だね。スーパーなら食料も山盛りかも」

「よっしゃ。そうと決まればすぐ向かおう」

 しかし、時間は夜。

 車椅子のコウジを押していては、危険なうえに時間がかかる。徒歩も現実的ではない。

「あ、おえ向きの車だ! あれでいいか? 」

「大賛成! 」

「ばうっ! 」

 鷹邑が見つけたのはキャンピングカーだった。中にはゾンビが乗っていたが、ドスでサックリ仕留めて追い出した。

「ラッキーだ。鍵が刺さったままになってる。ガソリンも十分」

「かなり広いね、初めて乗ったよ」

 コウジは最後部のベッドスペースで横になり、青かった顔に僅かに血の気を取り戻した。

 アドニスも、ベッドスペースと運転席の間にある居住空間に丸くなる。

「じゃ、目的地に着くまでは各々休め」

「あい」

「ふゥん」

 運転が始まると一人と一匹はすぐに寝息を立て始める。コウジは時々車の揺れで唸ったが、それでも眠っている時間のほうが長かった。

 車は、極力駆動音を立てないことと、ライトを付けずに進むためにゆっくり進んだ。ゾンビの気を引かないようにするためだ。


――目的の業務スーパーに到着。

屋内は明かりが消えており、ガラス張りの外壁ではあっも内装は確かめられない。どこにも人の気配はなく、入り口の自動ドアも破られている。ゾンビの影も無い。

「警察犬なら知った臭いで起きそうなもんだが」

 鷹邑は一人で突入する気も起きず、とりあえずはコウジとアドニスが起きるまで、外から建物を観察することにした。

「中の人間はここを捨てたか、それとも全滅したか。もし後者なら……」

 鷹邑は背後のアドニスを一瞥する。大人しく寝息を立てる様はかわいらしかった。

 窓から空を見ると、ふと星々が目にとまる。街の明かりがめっきり減っているから、純粋な星空を拝める。

「宇宙、行ってみたかったな」

 ゾンビが現れる前まで、人類は宇宙への夢を大いに膨らませていた。

「火星移住とか、月の有人探査とか、どうなったんだろうな」

「宇宙飛行士、今宇宙で何してんだろうね」

 コウジの声がする。

「絶対帰ってきたくないでしょ」そしてカッカと笑う声。

「けど帰らないと宇宙線で被爆するんだぞ」

「ほんと? 」

「おう。だから宇宙飛行士は半年しか宇宙に滞在できんのだ」

「じゃあ、やばいね」

 他愛ない会話。

 星空と合わせて、つかの間の平和を感じた。

 ふと、アドニスが耳をそばだてる。鼻をすんすんと鳴らし、何かを探すような仕草をはじめた。

「飼い主のお出ましか? 」

「ゾンビじゃないといいけどね」

 コウジは車椅子に乗り込んで銃のセーフティを外し、鷹邑もまた腰の銃を取り出す。

 外からの足音。

 ゾンビのものか、人間のものか。

「十中八九、ゾンビだな」

「だね」

「一体だ。俺が出る」

 鷹邑がドアを開けて出ると、そこには女性のゾンビが立っていた。警官の制服を着ているが、至るところに裂けた傷や、破かれた形跡がある。

「ちょっとエッチに見えなくも……ないな。うん」

 ゾンビは鷹邑に気づくと近づいてくる。

 鷹邑の後ろから、アドニスも尻尾を振って飛び出してきた。舌を出し、息を荒らげて駆けていく。


「おい、アドニスどうした。アドニス! 」




―― 次回へ続く。

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