FILE:4 ―― 伊形組構成員参集
――鷹邑と左門の激闘、その翌朝。
事務所に戻った三名の伊形組構成員を加え、鷹邑、コウジ、アドニス、左門と、計七名がオフィスに集まった。
鷹邑は集団から離れ、デスクの椅子に腰掛けつつ、鼻歌を歌いながら回転している。
コウジは恐らくボスの物であろう、オフィス最奥の窓際のデスクに座り込んで、足元にアドニスを従えていた。
その前に、構成員四名は横並びになっている。左門は昨夜から着替えたようで、返り血まみれの姿から、まっさらなワイシャツへと変わっていた。
左門の隣に並ぶ三人は、順に、迷彩ズボンに白のタンクトップを来た筋骨隆々の黒人(髪は黒のドレッドで名前をシャビといった)。それから、オカメとひょっとこのお面をそれぞれ着けた小柄な女二人。
お面の二人組は、オカメのほうが五月雨、ひょっとこのほうが霧雨と呼ばれている。
五月雨も霧雨も、
そんなメンバーに向け、コウジは最初に称賛を送り、頭を下げた。
「まずは、皆よく生きて帰ってきた。ご苦労様」
「恐縮です」
五月雨と霧雨が、雀から借りたかのようなか細い声帯で、声を合わせて言った。
「ガキンチョ二人の子守はいつも通りこの俺よ? そりゃ無事ってもんだぜ」
二人とは真逆の、地鳴りにも似た低く大きな声がオフィスを震わせた。アドニスがやや眉を潜めた。
「守られた覚えはないが」オカメの五月雨が言う。
「ないが」ひょっとこの霧雨も続く。
「言ってろ未成年ども」
「シャビ。成果報告を」左門が諫める。
「っと、そうだった。報告するぜ」
シャビはわざとらしく咳き込むと始める。
「この前までこの通りウヨウヨしてたヤクザも半グレも、どこにも見当たらねぇ」
「全滅ってことじゃないんだろうね。拠点を移したって考えるのが妥当かな」
「かもしんねぇっす。それから、ヤクザが消えた代わりに新しく生まれた勢力が」
「なんだ、それは」左門が訊ねる。
「人間もゾンビも喜んで殺す連中。他の生存者はアンモラルって呼んでた」
法がかつてのように機能しなくなったせいで、倫理はすっかり形を変えてしまっている。ゆえにそのような存在がいても不思議ではないと、ここにいる全員が思った。
「ひたすら殺して、漁って、犯して、それを繰り返してるらしい。ヤクザの何倍もトチ狂ってやがる」
「それは……遭遇したくないね。で、ゾンビが出てきた理由とか、発生源とかは分かった? 」
「いや、分からんす」シャビはドレッドを撫でながら答える。左門が引き継いだ。
「かつてゾンビは、どこからともなく、まるでワープしてきたかのように街に現れました。引き換えに、恐らくゾンビと同じ数の人間が、
「頭の悪いSFだよな」鷹邑が茶化す。
「……仕方ない。目的を絞るよ。まず一つは親父の捜索。もう一つが伊形組の構成員及びその身内の捜索だ。この二つを並行して進めながら勢力を回復させる」
「それがいいな。俺もボスに早く会いてぇ」
「私も」
「私も」五月雨と霧雨も続く。
「速やかに安全圏を拡大しなければ。少なくとも歌舞伎町一帯は手中に」
「そうだね。そのアンモラルってのも、すぐにここを嗅ぎつけてくると思う。それまでに戦力と拠点の補強をしないと」
「了解したぜ」
「承知です」
「です」
「かしこまりました」
彼らは各々のデスクに移動すると、銃の点検や持ち物の整理を始める。
鷹邑は一部始終を他人事で眺めていた。
「おい、俺とアドニスはどうすんだよ」
左門が冷淡に答える。
「知らん。好き勝手に野垂れ死ね」
「アドニスとキャンピングカーは貰ってもいいな? 」
「離れるの? 」コウジが遠いデスクから訊いてくる。
「そうする。俺はヤクザじゃないし、集団行動も性に合わん」
「そっか。銃と食料は好きなだけ持ってって」
「いいのか? 」
「命の恩人だからね。ヤクザは義理を大事にするんだよ」
「じゃあ、俺もこの恩をいつか返すよ。俺もこう見えて義理堅いんだ」
「嘘つけ」コウジは左門の提出したレポートに目を通しながら微笑む。
鷹邑は言われたとおり好きなだけリュックに食べ物を詰め、銃と弾丸を潤沢に手に入れた。
「達者でな! 」
「うん、元気で! 」
鷹邑が指笛を鳴らすと、アドニスが喜んでついてくる。
「ノリの良いヤツ。ほら行くぞ」
「おい。キックボクサー」
鷹邑の背に、ふと左門が呼びかける。
「お前は、私が殺す」
鷹邑にはそれがエールに聞こえなくもなかった。
「あいよ」と、それだけ答えた。
それから鷹邑は、振り返らずにオフィスを後にした。
――アドニスを助手席に乗せたキャンピングカーは、街をあてもなく走行する。
日中とあって、ゾンビはあまり見当たらない。
「平和なもんだ」
「わふ」
「やっぱそう思うよな」
そんな平和を享受しつつも、鷹邑の胸中にはしっかりとした目的がある。
「(身内の誰とも連絡がつかなくなって、もう何年だ。誰かは見つけねぇと)」
アドニスを一瞥する。
「お前のダチも見つけてやりたいよな……あ、そうだ」
鷹邑は赤信号の下をくぐり、目標地点を定めた。
「おいアドニス。目指すは動物園だ。お前の仲間を探しに行こうぜ! 」
「わうっ! 」
しばらく舗装されていない道路を走ると、後ろの荷物が好き勝手にひっくり返る。それでも、動物園を目指して進む車はいつだって快速だ。
―― 次回へ続く。
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