FILE:19-8 ―― また、あの。

―― シャビは、現実ではない、何か懐かしい景色を見ていた。


 五月雨と霧雨が、まだ小学校に通い始めたくらいの頃。

「おい。二人ともよ。俺といる時になんでそんな仮面着けるんだ? 笑われちまうぜ」

 シャビは、この二人の子守役を鉞から言い渡されていた。

小学校に入学した二人はいつの間にか、シャビと一緒にいる時だけ、オカメとひょっとこの仮面を着けるようになっていたのだ。

「なんでだ? 俺は不思議だぜ」

「おしえなーい」

「おしえないわ」

 その理由はシャビにあった。

 二人は学校で、黒人であるシャビを揶揄する言葉をよく聞いていた。

 子どもたちは、肌や髪型、容姿にいたるまで、二人を送迎するシャビを指さしては馬鹿にした。シャビ本人は慣れて気にもしていなかったが、二人は傷つき、怒り、反抗したくなった。

 だから、シャビといる時は仮面を着けた。シャビだけが馬鹿にされないように。

 育ての親であるシャビは、深く暗い世界に生まれた二人を、ひたすらに明るい、ひたむきな生き方で導いてくれた、

 それはシャビという大好きな恩人への、大切な秘密――。


「シャビ……シャビ……! 」

「起きて! ねぇ、起きなさい! 」

 シャビは、二人に揺られて、自分が仰向けに倒れていることに気がついた。胸がムカムカして、腹から必要な何かが漏れていく感覚がした。手でその漏出する箇所を抑えるも、液は噴水のように止まらない。

 シャビは戦闘の最中、アンモラルの一人に腹部を刺された。防弾チョッキは着ていたが、防刃ではなかった。それが災いした。

「シャビの兄貴ッ! 」

 「兄貴!」

「シャビさん!」

 近くの組員達が声をかけるも、既にシャビの意識は遠い。

「そう、しぬ のか」

「黙って! 」

 「救急キットは!? 」

「ありませんよそんな物! 」

 「諦めんな! どんだけ世話になったと思ってんだ! 」

 一同はアスレチックやゾンビ、アンモラルと戦いながら、避難民の荷物の山を遮蔽物にしてシャビを隠す。

「あ りがとう みん  な」

「やめなさいシャビ! 私たちを置いて逝ったら許さない! 」

 「心臓マッサージもっと早く! 」

「やってますって! 」

 「近くに救急隊はいたか⁉ 」

「捜したんですけどいなかったです! 」

 「クソッ! 」


 シャビ いつも ありがとう。だいすき。

 わたしからも ありがとう。もっと だいすき!


―― それは、シャビが幼い五月雨と霧雨から受け取った手紙だった。幼稚園の宿題で、両親へ向けて手紙を書くものだったらしい。

 シャビは事務所のトイレに籠もって泣いたが、声が大きすぎて組員全員に丸聞こえだった。

 シャビは南アフリカのスラムに生まれた。強盗が横行する街で育ち、近所の若者と自警団を組織して、日夜仲間を守るために戦っていた。

 ある日シャビは、敵のギャングに捕まり拷問に遭った。

 その際に性器を斬られ、二度と子どもを作れない身体になった。彼はそれでも仲間を売らなかった。仕事で鉞が立ち寄って彼を助けた時には、全ての爪が剥がされ、椅子の脚元に血溜まりができていた。

 鉞は彼の精神に敬意を表し、伊形組へ引き抜いたのだった。


「シャーリー! レビ! 宿題だ!」

「バーカ! その名前で呼ばないで! 」

「私はキリサメって言うんだから! 」

「そうよ! 私もサミダレって言うの! 」

 二人には生まれた国で付けられた名前があったが、中学生になったあたりでキッパリと名乗らなくなった。左門に憧れてのことであった。

「カーッ! めんどくせぇガキに育ちやがって! 」


「(……思い出しただけで、笑っちまう。この二人にイイ男がつくまでは、一緒にいてやりたかったぜ)」

 シャビは目を瞑って考える。

「(町の奴ら、元気かなァ。貰った手紙も返せてねぇや……ヤクザは仁義が大事だからな、返さねえと、ボスに怒られちまう)」

 シャビの口角が少し上がる。

「(セックスできねぇ人生だったが、子育てはできた。そっちのが大事だよな。ボスはよくこれを任せてくれた。最後に直接礼が言いてぇ)」

 五月雨と霧雨は、左右からシャビの手を握った。二人とも仮面を取り、シャビの目を無理に開かせる。

「(無理やり開けんな……このバカタレども……)」

 シャビは二人の顔を交互に見た。すっかり大人になっていて、いつかの思い出の顔とは似ても似つかないように思えた。

「(美人に なりやがって もっと 見とけば)」

 シャビの首から、糸を切ったように力が抜ける。

「シャビッ!! 」

「シャビ……バカ……! 」

「兄貴……」

「絶対仇討ちますから! 」

 その死はありふれたもの。

 それまでも、十何年と共に過ごした組員が死亡したことは何度もあった。

 家族や親戚、友人との別れなども、彼らは多かれ少なかれ経験し、その傷の痛みに慣れきっていた。しかし、彼の死だけは、この災禍にあっても、一際大きく、鈍い光で輝いていたのだった。





―― 次回へ続く。

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