FILE:7-3 ―― 三巴の戦い
矢はボスの左目を射抜いた。矢は貫通せず、刺さったまま埋もれる。
「出血は望めんか……! 」
止まらない突進。
「ヤベェぞ! 」シャビが喚く。
ボスの危機を察知したのか、大将を殺らせまいと猿の群れがさらに獰猛さを増す。
ここから、さらに戦場が混沌としていく。
「くっ……うぁっ! 」一延の薙刀に猿がしがみつくも、それを荷稲が手に取った矢で突き刺す。「御免! 」「ありがとうございます! 」「前線耐えろ! 子どもだけは守れ! 」馳芝の声も鳴き声と銃声に消える。「腕がそろそろ動かん! 」木刀を振る縦木の攻撃も弱々しくなっている。「もっと持ち手を上にして! 短く持って! 」柄木が短く持ったバットで猿を殴りつける。「なるほどなぁ! 」縦木はすぐに採用し、目の前の二匹の峰を打った。「我々も前に出ます! 」予備の薙刀を渡してしまった一人に判断を委ね、状況報告役の三人が前線に出る。「痛ッ!? 引っ張るな畜生! 」「髪を掴まれないでください! 」「多すぎでしょ! 」「助けて! 」「自分で何とかならない⁉ 」「リロードする時間も無い……! 」
「(……呆気ないものね)」
ひっそりと、霧雨は敗勢を認める。これ以上はどうしようもない。押し返す手立てがない。まだ何百といる群れを相手に、出口まで突破することは、できない。
霧雨の面の下からも、血が滴っている。
「(私たちだけじゃ、もう)」
確実な死。
遺言の時間も、道徳的な死も与えられない。
諦めと、涙すら乾く絶望。
しかしそれは、この場に自分たちだけなら、の絶望である。
ボス猿の足が止まり、周囲を見渡す。
「ゾンビが来ました‼ 」
「大量だ! 」
「猿と戦ってる! 」
生存者たちが叫ぶ。体育館にある多くの入り口から、音を聞きつけたゾンビが侵入してきたのだ。
動物は、人間とゾンビを見分けられない。
猿の群れの後ろ半分は転身し、ほうぼうのゾンビへ血眼で向かっていく。
ゾンビは身体を齧られたり、よじ登られて頭を殴られたりするが、同時に反撃も始める。猿もまたゾンビに喰われ、踏まれ、蹂躙され始めた。
人と猿とゾンビの三つ巴の戦いが始まったのだ。
「最高じゃねえかァ! 」
「前進するなら今しか! 」
「全員力を振り絞れ! 」
再び皆が士気を取り戻し、薄くなった猿の層を押し戻し始める。銃声で怯える猿の数も多くなった。
「僕がボスを足止めします! 」
一延はボス猿へ単身突撃を決行。誰も手が空いておらず、彼を止めることができない。
「馬鹿! 勝てないぞ! 」馳芝の声も届かない。
一延は内心焦っていた。
自分が薙刀を奪われたせいで、人が死んだ。
自分のせいで、次は全員が死ぬかもしれない。
自分の薙刀は、今まで何の役にも立たなかった。
人生で、ただの一回も。
男で薙刀を習っていると言えば女の競技と笑われ、持って歩けば目立って後ろ指をさされた。
ボスは立ち止まり、一延を見据える。
ボスの顔は壮観で、まるで勇気を識っている表情だった。
「……止まれ」
中段の構え。
刃先を相手に向けてやや上げ、手前側の手を後ろ足の付け根付近に構える。オーソドックスな構えがゆえに弱点も少ない。薙刀を体の重心付近に置く、動きやすさも兼ね合わせた姿勢。
「(コイツは重傷。少しでも時間を稼いで弱らせる。僕が倒す必要はない)」
彼は思考する。
「(どこを打とうが、僕の力じゃダメージにならない)」
ボスが飛びかかり、右の裏拳で薙ぎ払ってくる。男は薙刀で受けを試みるが、その初速を見てから、反射的に後ろへ跳躍し回避した。
「はは……受けたら即死……」
裏拳の風圧で、一延の前髪が揺れ、服がなびいた。
今一度、薙刀を握り直す。
「なら、受けないぞ」
一方。
「あれ、使いませんか!? 」
縦木が、遠くの床に落ちたアルコールスプレーとライターを指差す。彼の面の面金は、猿に殴られた跡で邪悪にへこんでいた。
指差した方向には、折り重なった猿の遺体が、あちこちに転がっている。一匹に火をつければ、延焼して会場全体を炎で包むことだろう。
「誰が取りに行くんだよ! 柄木お前行け! 」
「一人でですか!? 」
アルコールスプレーとライターは、今やゾンビと猿の争う渦中にある。
「じゃあ誰も行けねぇよ! 」シャビが嘆きながら、足元の猿を蹴り飛ばす。
「諦めるしかない! 他の手立てを! 」馳芝も続いた。
「私が行きます! 防具があります! 」縦木が木刀を携えて走り出す。
「どいつもこいつも無謀が過ぎる……! 」馳芝は縦木の後ろ姿を見て呆れ返る。
「援護するわ! 」
霧雨が後に続く。彼女は腰へ拳銃の片方をしまい、代わりにスカートの内側のレッグストラップに隠していたコンバットナイフを取り出した。縦木へ声をかける。
「あなた実力者? 」
「やや! 」
「なら頼りにする」
霧雨はひょっとこを直しつつ最低限まで身を屈め、ほぼゾンビの膝ぐらいの高さになる。彼女は猿とゾンビの乱戦に突入し、ゾンビの脚や猿を手当たり次第斬り進んだ。一見すると無茶苦茶な突撃だが、その実は違い、体勢を崩したゾンビや呻く猿による道ができている。
「ついてきて! 」
「えぇ! 」
縦木は、姿勢を悪くしたゾンビや、ゾンビに乗りかかる猿へ、的確に突きや打撃を加えていく。
「行けます! 」
ところが。
縦木と一延、霧雨を欠いた生存者たちは苦戦を強いられている。
「(リロードする暇も無い……っ! )」
馳芝は片方の拳銃を飯島に渡し、警棒と拳銃を持って応戦している。
「全員無事か! 」
「っす! 」柄木がかっ飛ばした猿が馳芝の視界を横切る。
「俺も大丈夫だ! 」シャビも霧雨同様、隠し持っていたドスも使いつつ奮戦していた。
「健在! 」荷稲は肩や腕に、猿に噛みつかれた痕があり血が滲んでいたが、子らも守りつつ、まだまだ健闘している。とはいえ、矢は尽きかけていた。
「矢が尽きるぞ! 」
「こっちも弾が足りねぇ! 」
あまりの敵の数に物資は消耗する一方。
「ボスの方は!? 」
一延も、まだ対峙を続けている。
「――ふーっ……。」
どうやらまだ傷は負っていないようだ。
霧雨と縦木も突破を続けているが、スプレーまでは距離がある。
「……ここまでか……? 」
馳芝が、あまりの劣勢に愕然と肩を落とす。
「諦めんな茉生チャン! 」
「そうです馳芝さん! 」
シャビと柄木はまだ健在だ。しかし、その声も馳芝には、どこか遠くから聞こえるようで説得力がない。
「戦えます! 一緒に! 」
飯島も、慣れない拳銃を撃ちながら叫んだ。
「(これ以上戦って、頑張って、意味はあるのか)」
「(何のために。私は、どこへ)」
ふと、馳芝は警官の職務倫理を思い出す。
“誇りと使命感を持って、国家と国民に奉仕すること”
「(……誇りと使命感か)」
振って警棒の血を払い、制服を第二ボタンまで外す。
「たしかに、国家も国民も
正面から襲いくるゾンビのボロい襟を取り、床へ背負い投げで叩きつける。警棒で起き上がらないよう首を抑え、眉間に銃口を当てる。そのゾンビは、偶然にも警官の服装をした、恐らく元同僚だった。
「……私もすぐそっちへ行く」
引き金を引く。
「皆、地獄へ進むぞ!! 」
シャビや柄木はそれを聞くと笑って、再び力を奮い起こした。
―― 夜更けの街をゆく孤影。
避難所巡りをしていた一台のキャンピングカーは、S学園の方角を目指して法定速度で走っている。適当にウィンカーを出して遊びながら、鷹邑は退屈を紛らわせていた。
次回へ続く。
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