第98話 全てを飲み込む龍

 ゴブリンロードは倒された。

 関節を外されてしまい、動けなくなっていた。


「オレサマノマケダ。ニクナリヤクナリスキニシロ!」

「しねぇけどな」


 完全に生殺しだった。botの言葉にゴブリンロードは激高した。


「フザケルナ! コノママダト」

「コノママダト何だよ?」


 botは完全に鬼になっていた。

 その姿を映さないようにしながら、カエデとマリーが配信を回していた。


「えーっと、今日はゴブリンロードと戦ってみました。まだまだ第三階層は分からないことだらけだけど、これからも頑張っていくね。ということで今回はここまで」

「……」

「マリーちゃん。せーのっで行くよ」

「何?」

「ご視聴ありがとうございましたって言うの。行くよ、せーのっ!」

「「ご視聴ありがとうございました」」


 二人揃って配信を締めた。

 スマホから配信終了ボタンを押すと、今日の配信は終了した。


「ふぅ。みんなお疲れ様」

「お疲れ」

「そうだな」


 楓は元に戻った。ヴラドと名梨も短い返事を返すと、カメラドローンを回収して、買える用意を始めた。

 熱志へと視線を向けると、「帰るぞ」と呟いた。


「えっ、もう終わりかよ? まだまだこっからだろ?」

「ごめんね。これ以上の配信は色々とマズいと思って先に切っちゃった」

「はっ!? マジかよ。んじゃ俺の勇猛果敢な活躍が……」

「してないだろ」


 名梨は厳しいことを言った。

 すると熱志が不満そうな顔をしていた。


「はぁ? んじゃ帰るか」

「マテッ! ソノマエニオレサマノカンセツヲモトニモドセッ!」

「まあそうだけどよぉ。何か反撃してきそうで……」

「ソンナコトスルカ! ハヤクシネエト……」


 何故かゴブリンロードは焦っていた。

 一体何に対して恐怖を抱いているのか、地面の抉れへの心残りもあったがもの凄く不穏だった。


「一体何があるんだ?」

「アイツガ、コノカイソウノヌシガ……」


 ゴブリンロードは震えていた。

 すると何処からともなくけたたましい音が聞こえ出し、地面が揺れ出した。


 ドドドドドドドドドドドドドドド!


「何だ、何だ何だ!?」

「じ、地面が! キャッ!」


 楓は尻餅を付いてしまった。

 一体何が起きているのか名梨が考えていると、急にヴラドが叫んだ。


「来る。この魔力はヤバい……絶対にヤバい……」

「ヴラド如何した?」

「全員退避……!」


 ヴラドの言葉に威圧感が伝わった。

 名梨達は全力でポータルの方に向かって走り出していた。


「な、何でだ?」

「分からないが、マズいのは伝わった」


 何かとは言えなかった。

 だけどヴラドの言葉を受けて走り始めると、急に地ならしが起こり森の木々の合間を抜けて何かが這い出てきた。


「お、おいおい……何か来たぞ?」

「あ、アレは。はっ!」

「へ、蛇? ちょっと待って。あれじゃあゴブリンロードが!」


 何に対して怯えていたのか分かった。

 ゴブリンロードが警戒していたのはこのモンスターだと直感した。

 全身を急激な悪寒が包み始めたが、それもそのはず視線の先に居るのはとんでもなく巨大な蛇のような姿をしたモンスターだった。


「へ、蛇!? あんな大きな蛇!?」

「多分蛇じゃない。龍だと思う」

「アレもドラゴンなの!? ってうっ……」


 楓が嗚咽を漏らした。

 ゴブリンロードの前の前に蛇のような姿をした龍が躍り出て、口を大きく開いた。

 真っ暗闇な口の中が存在感を露わにし、巨大な一つの建造物のようだった。


「ヤ、ヤメロ! ヤメテクレェェェェェェェェェェ……」


 声を失った。ゴブリンロードの断末魔が響き渡り、ゴブリンロードの体が暗闇の中に飲み込まれた。

 楓を始めとして絶句してしまった。一瞬にして動けなくなり、足が竦んでしまった。


「えっ……えっ……」

「おい楓。動けるか?」

「な、名梨君?」

「しっかりしろ。自然界の法則だ。今すぐ……」


 名梨は動けなくなった楓を奮い立たせた。

 すると目元から涙が零れていた。


「名梨君……」

「良いか。とにかく走れ!」


 名梨は楓に言いつけた。

 背中を押して無理やりにでも先行させた。

 するとヴラドが珍しく大声で叫んだ。


「名梨、楓、もっと速く走って!」


 名梨達の頭の上に影ができていた。

 全身に冷たい汗が走り、初速の遅かった楓のことを自然と手を伸ばして押していた。


「逃げろ」

「えっ?」


 名梨は足を前に出した。

 何とかして能力を駆使するしかなく、ナイフを突き立てた。だけど遅かった。


 バクッ!


「うっ!」


 左足の下の感覚が無くなった。あまりにも痛すぎて悶絶してしまったが、それと同時に能力が発動した。

 全身の痛みがかき消され、血液が滴ることもなくなっていた。


「何秒止まる。一体何秒だ……くそっ!」


 名梨は思考が巡らなかった。

 あらゆる痛みがこの能力の前では掻き消えてしまった。

 そのおかげで片足を食われても動けるのだが、流石に遅かった。


「片足じゃキツイな……」


 名梨は正面を見た。

 すると熱志が圧倒的なスピードでポータルまで走り込んでいた。

 ヴラドも辿り着いていて、名梨は唯一遅れていた楓を突きとばす形で能力を解除した。

 とりあえず痛みを堪える心構えを取った。


「能力解除……」


 名梨は能力を解除した。

 すると楓の背中に名梨の体重が掛かり、「うっ!」と声を上げていた。

 それとほぼ同時に名梨は悲鳴を上げていた。もちろん聞き取れない叫び声を上げ、目を血走らせていた。


「うわぁっ!」


 そのままポータルに倒れ込んでしまった。

 熱志とヴラドは目を丸くした。


「お、重い……」

「おい名梨、何やってんだよ……ってその足如何したんだ!」

「うるさい。とにかく起動しろ」


 名梨は声を振り絞った。

 熱志も流石にこの状況はみすみす逃しておけず、目の前には龍が迫っていた。

 楓も名梨の体重が全身にのしかかっていることなど気にしている余裕は無かった。


「熱志君急いで。このままじゃ全員食べられちゃうんだよ!」


 流石に楓も冷静な思考にならざるを得なかった。

 冷汗を掻き、全身の硬直を名梨の言葉だけで振り絞った。


「わ、わあったよ。くっ……本気でマズいことになったな」

「そんなの見たら判る」


 ヴラドが動きの遅い熱志を除けてポータルを起動させた。

 すると龍の口が目の前に迫る最中、起動した瞬間に体が跳んだ。


 ギリギリのところで全滅は避けることができた。

 とは言え被った損害は大きく、ココロエプロジェクトは完全に敗北した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る