第20話 とっても感謝された
カエデはナナシーのことを知っていた。
しかしナナシーはまるで知らなかった。
微妙なぎこちない空気が流れ、botがナナシーの頬を引っ張った。
「ちょいちょい、何だよその顔」
「はあ?」
「はあ? じゃないだろ。良かったじゃねえか、あのヒビキ・カエデさんがファンでよ!」
「bot君。さんは要らないから、カエデでいいよ」
カエデは緊張気味のbotにそう言った。
botは「じゃそうしやーす!」と軽口を叩いた。
しかしふとコメントを見てみると、心無い一言が書かれていた。
“ファンだったら最初に気付けよ”
ナナシーは首を捻った。
ファンってことは何か有名人なのかと、頭の中で考えた。
(とは言っても誰だ? 本人はシンガーソングライターとか言ってるけど、あの歌声は何処かで聴いたことがあるようなないような?)
ナナシーは腕組みをして考えた。
怖い顔をして眉根を寄せていたので、カエデは心配した。
「あはは、そんなに悩まなくてもいいよ。私なんてまだまだだもん」
「いや、悪い」
「ううん。知らない人がいても不思議じゃないよ。だから私はもっとたくさんの人に知って貰いたいんだ! もちろん私じゃなくて、私の歌を聴いて元気になって貰いたいの!」
「……確かに元気は貰えたな」
「だろ!」
カエデよりも先にbotが食い付いた。
ギロッと睨み、出しゃばるbotを牽制した。
「bot、お前が説明して如何する」
「あっ、悪りぃ。ちっと、はしゃじまって!」
「それはいつも通りなんだが……それで誰なんだ?」
「おいおい、まだそこで
botは嘆いた。
オーバーなリアクションションをされ、ナナシーは首を捻った。
一体何者なのか。本人に直接尋ねた。
「それで誰なんだ?」
「えっと、シンガーソングライターのヒビキ・カナデとしか言えないんだけど。チャンネルはヒビキ・カナデOfficial Channelと秘密基地が……えーっと、何て説明したらいいのかな?」
本人が困ってしまった。
腕組みをして唸り出し、ナナシーは「すまない」と謝った。
「んじゃ俺が説明するぜ。って言うか、ナナシーは聴いたことがあるはずだぜ」
「聴いたことがある?」
そう言えばさっきも言っていたなと、ナナシーは思い返した。
しかし誰なのかさっぱりで、良い声だとは思った。
その程度でしかないのが実際なところが問題でもあった。
「ヒビキ・カエデって言ったら俺達と同い年の現役ミュージシャンでドームを一人で埋められるほどの天才なんだぞ」
「それは凄いな」
「しかもライブチケットは即完売。同年代からお年寄りまでここ最近だと一度は聴いたことある曲ばかり作ってんだぜ!」
「そうなのか?」
ナナシーは本人に尋ねた。
すると謙遜しているのか、「おかげさまで」と照れながらだった。
「それじゃあさっきの歌もそうなのか?」
「【メロディタクト】のワンフレーズだね。うん、私が咄嗟に思い付いたフレーズを口ずさんだんだよ」
確かにそれっぽい文言を並べて音を付けていた。
ナナシーにはそう感じたが、歌声は素晴らしかった。
「他にも聞いたことがあるはずだぜ。eyes of truthとか宇宙の狐とかIgnitionとかさ」
「曲名は何処にでもありそうだな」
「著作権ないからね。でも、人によって意味は違うんだよ」
カエデはナナシーに説明した。
ドライな反応や言葉にもすんなりと受け止めてしまう精神力を持っていた。
「まあてな感じでさ、すっげえ人なんだよ」
「そうなのか。それが俺のファンか……ふーん」
「ふーんじゃねえよ。羨ましい」
「ごめんなさい。でもね、私はナナシー君のゲーム配信好きだよ。自由にやってる感じがして」
「まあそうだな」
そうは言いつつも、人のことを気にすることもしばしばあった。
矛盾しているナナシーをbotが見つつも、カエデは笑みを浮かべていた。
けれど突然表情に曇りが差した。
顔を俯かせて、ポツリと口にした。
何か思うことがあるのか、空気がどんよりとした。
「でもさっきは本当に死んじゃうかと思ったんだ。怖くて動けなくなっちゃった」
「それは誰もだ」
「お前でもか?」
「……まあな」
ナナシーは間を空けてしまった。
少し考える時間が欲しかったが、反応が妙に薄かった。
「おいおい、それ本当か?」
「……ああ」
やっぱり薄かった。
けれどカエデはそんなこと気にせず話し出した。
「誰も助けてくれないんだ。そう思ってた。やっぱり来るんじゃなかったって思ってた」
「そもそも如何してこんな危険なところに来たんだ」
「面白いと思って。でも私は一人じゃ駄目だって分かったんだ。だって一人じゃ勝てなかった。みんなと一緒だから、私は……」
確かにカエデの能力はサポート系だった。
自分を強化すれば戦えなくもないだろうが、それでは二番煎じ。真価を発揮できていなかった。
けれどそれを気にしていても仕方がない。
ナナシーはそう思ったのだが、カエデは顔を上げた。
「でも私は戦えないこともなかったんだよ。でも一人じゃ……ううん。一人でも戦えるようにしようと思ってた。私は弱いから、もっと強くって……でも一人じゃなかったら、きっともっと強くなれる」
何か本質を見出したみたいなことを言っていた。
しかしナナシーはシンガーソングライターにその強さは普遍的すぎではないかと野暮なことを思ってしまった。
「だからもう一度言うね。助けてくれてありがとう」
「単なる偶然だ。それに誰だってああするだろ」
「ううん。それができるのは一部の勇気ある人だけなんだよ。だから私は誇っていいと思うんだ!」
カエデはナナシーのことを褒めた。
もちろん協力したbotのことも褒めていた。
二人に感謝を伝えたカエデはにこりと笑みを浮かべ、本心から想うのだった。
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