第41話 蔵の中にダンジョンだと?

 名梨の実家の周りには何も無い。

 ……とは言えず、周りには名梨の親戚の家があった。


 そこに住んでいるのが今目の前に座る少女。

 大学生の雛野菜迺ひなのなのだった。


 大学で超自然学を学んでいるそうだ。

 何が“超”なのかは、名梨の専門外なので分かるはずもなかった。


「何か飲む?」

「ああ」

「それじゃあ適度に昆布茶を……えーっと、確かこの辺に」


 菜迺はキッチンの棚をガサゴソとさせた。

 中には賞味期限がとっくに過ぎたようなものがいっぱい入っていた。


 捨てたいなと思いつつも、何故か捨てては行けない気がした。

 名梨には貴重でも何でも無いが凄いものらしかった。


 そう言われたのは名梨の母親の入れ知恵だった。

 名梨の母親も“超”が付く何か・・を学んでいるらしいが、名梨にはさっぱりだった。


「まあ、さっさと蔵を開けて何もなければ日帰りするか」

「そうね。私も大学で午後から講義だから」

「じゃあ来なければ良かったのに」

「さっも言ったでしょ」


 家の管理を任せているので来ない訳にはいかなかった。

 そう言う正義感を無駄に働かせている辺りが、菜迺らしくもあった。


「だったら面倒ごとは速やかにだ。蔵を開けるぞ」

「待ってましたって言ったらいいののかしら?」

「さあな」


 名梨は蔵の鍵を開けることにした。

 蔵はちょうど庭の隅っこにあった。

 母方の実家に昔からある何でも蔵だったが、最近は整理すらされていなかった。


「そう言えば叔母さんは?」

「お母さんか?」

「そうよ。名梨の叔母さんって、アレでしょ?」

「まあハイテンションだな……帰って来ないよ」

「そう。つまらないわね」


 本当は名梨の母親が日本にいれば蔵の鍵を預けたままでも良かった。

 とは言えそれができないくらい忙しい人なのだ。

 けれど仕送りがちゃんとされているので、ドライな名梨にはさっぱり寂しいという気持ちは湧かなかった。


「名梨って家族にもドライね」

「そうだな」

「如何してそんな顔がしていられるの?」

「さあ」


 名梨は特に後悔などを抱く性格ではなかった。

 そのおかげかドライが都合よく働くことも多少はあった。


「とりあえず来てみたが、うちの蔵ってデカいな」

「何言ってるのよ。前から分かっていたでしょ?」

「そうか」

「そうよ」


 会話があまりに短かった。

 お互い話を間延びさせる気を失せ、名梨はポケットから鍵を取り出した。


 鍵はかなり古いものだった。

 噂によれば明治時代よりも前からこの蔵はあるそうだ。


 何でもこの土地の地主だったらしい。

 けれど今はその力も失せ、単純にデカいだけで固定資産税がかさむ建物になってしまった。


 あまりにも割に合わない。

 名梨は思い入れもないので首を捻ったが、母親は大事にしていた。


 そんなに大事にしているのなら自分が守れば良いはずだ。

 けれど家に帰ってくる気配もなければ、単純に実家を別荘のように使っていた。


 もっと悪く言えば粗大ゴミを置いておくだけの場所。

 実家の周りを親戚に任せっきりになっていた。


(如何してこの家をそんなに大事にして……)


 きっと家自体に思い入れがある訳ではなかった。

 けれど追求するネタも無ければ興味も無かった。

 そんな名梨とは裏腹に、興味を示したのは菜迺だった。


「何があるのか楽しみね」

「期待するな」

「期待はするでしょ? これだけ大きな蔵なのよ。変なものだけじゃなくて、どんなものが仕舞ってあるのか気になるでしょ?」

「そうなのか?」


 名梨にはよく分からなかった。

 南京錠の鍵穴に黒い鍵を挿し、捻った。

 ガチャ! と南京錠が外れた。

 名梨は蔵の鍵を開けると、ギィィと音を立てて蔵の扉を開けた。


「うおっ!」

「埃が漏れてきたわね」


 扉を開けると下の方から埃が漏れ出した。

 細かい塵が久々の空気を吸い、空の彼方に消えていった。


「入るか」

「そうね」


 名梨と菜迺は蔵の中に入った。

 蔵の中は暗く、外から差し込む太陽の陽射しだけを頼りに灯りを確保していた。


「電灯はないのか?」

「無いみたいね。うわぁ、蝋燭ろくそくを立てる燭台しょくだいがあるわよ」

「いつの時代だ」


 とは言え長年使われていないのか、燭台はとても綺麗だった。

 名梨と菜迺は面白みに欠けると思ったが、特に変わった様子がないことに、余計に首を捻った。


「特に何も無いな」

「そうね」

「変なものは何だ?」

「見間違いをしたのかしら?」


 名梨の言葉に微妙な反応を菜迺は取った。

 そもそも外から見えるのなら、蔵の中に入った瞬間に判るはずだ。


 けれど蔵の中は特に何事もなかった。

 あらされたけいせきもなければ、物が壊されているわけでもないようだ。


 明らかに異常。

 菜迺が見た変なものが菜迺の視界を操った可能性もゼロではないが、それにしても異常だった。


「一体何が……ん?」


 名梨は少し歩いてみた。

 すると足が何かにつまずいたのだ、


 コツン!


 少しだけ段差ができていた。

 如何やら老朽化が原因で床下が盛り上がってしまっていた。


「これだけ大きな蔵なのに床下収納か」


 梅干しでも漬けているのだろうか?

 名梨はそんなことを思いつつ、予想と反していたことに安堵していた。


 流石に実家のしかも蔵の中にあるわけがない。

 そんな極小の確率があってたまるかと思ったのも無理はなかった。


「ちなみに中には……ん?」


 ここに来たのも何かの縁。

 浮き上がっていた床下収納を開けてみた。


 すると広がっていたのは血生臭い臭いと真っ赤な世界だった。

 いや、真っ赤は言い過ぎた。

 少しピンク色に変色した、得体の知れない空間。それが何故か広がっていた。


「……これマズいな」


 名梨は不意に床下を閉めた。

 冷や汗が溢れ、菜迺のことをチラ見した。


(ダンジョンができてるのか……マズいな)


 一応ダンジョン調査課には知らせた方が良かった。

 とは言え一度調査をしてみないとマズいことになると悟った。


 実家を知らない奴らに好き勝手されるのはごめんだ。

 流石の名梨にもその気持ちだけは残っていた。

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