第11話 やっぱ初めはスライムでしょ
「何処のダンジョンかって言われると、霊龍の泉域に来てるぜ。とりま第一階層の奥までは行けたらいいなーって感じでやってくんで……おっ、投げ銭あざーす!」
botは配信が始まってから5分経つが、ずっと喋りっぱなしだった。
背景も一切変わらず、動きも全く無いので
ナナシーはスマホからコメントを拾いつつ、botに合図を送った。
(そろそろ行けっ)
無言の圧力でbotに伝えた。
するとbotは親指を立てて「了」と一言呟く。
「えー今、ナナシーから早く行けって言われたので、そろそろダンジョンに潜っていくぞ。それじゃあレッツゴー!」
botは拳を高らかに上げた。
ナナシーも空いている左手を上に上げて、一応空気感だけは合わせておく。
するとコメントで自分に付いて書かれていた。
無視しようとしたナナシーだが、botもスマホを見ていたので気付かれてしまった。
“ナナシーさんもいるんですか!”
「もちろんいるぜ。なっ!」
botがナナシーに話を振った。
しかし普段からあまり喋りたがらない無口なナナシーが発動していた。
コクコクと相槌を送るが、視聴者には絶対に見えない位置に居るのでbotはファンサが足りないなと嘆いた。
「コクコク頷いてます。ナナシーは今日も喋る気がないみたいだ」
“普段から喋らない方なんですか?”
コメントでナナシーについて質問が来ていた。
ナナシーは止めて欲しいと思ったのに、botは異様なスピードで食いついた。
「そんなことないぜ。俺がウザ絡みした時とか必要最低限のことは話してくれる良い奴だ!」
それは良い奴とは言わない。
ナナシーは自分のことを皮肉たっぷりに
だけど全く見つからず、botのことについて溢れた。
“ウザ絡みは止めた方がいいですよ”
“ナナシーさんって喋るんだ!”
“顔出ししてないけど、どんな人なんだろ?”
“現代人は一人で居ることが好きな人もいるんですよ。なるほど、動画配信も巻き込まれた系ですな。お察ししました”
まさか矛先がbotに向いていた。
だけどbotは全く気にしていない様子で、「コメント俺のことばっかりだ。マジか、ありがとう!」とネガティブコメントを全てポジティブコメントに脳内変換していた。
凄い精神力だ。俺には真似できないなと、ナナシーは素直に褒めた。
だけど口で言うと絶対に調子乗るので、ナナシーは絶対に言わないことにした。
それよりも迷惑なことの方がナナシーにとっては多かったからだ。
「そう言えばずっと暗いけどダイジョブ? ちゃんと映ってる?」
本当に今更なことをbotが心配し出した。
もしも映りが悪かったらコメント欄で教えてくれるはずだ。
うちの視聴者はそこまでいじわるではないと、ナナシーは気が付いていた。
「あっ、問題無し。じゃオッケーって言ってたら、何か見つけたぜ!」
急に目の前の光景に意識を切り替えたbotは指を指した。
ブヨブヨしてポヨンポヨンした青くて楕円形の物体が地面を跳ねていた。
「うおっ! やっぱ初めてはコイツじゃなきゃな!」
明らかにスライムだった。
RPGではお馴染みの雑魚モンスターで、冒険の始まりといった感じがした。
その感情はナナシーにも伝わり、声には出さなかったが「おお」と興奮していた。
「それじゃあ早速倒してみたいと思いもうけど、良いよな?」
botはナナシーに尋ねた。
聞かなくても分かるだろう。体がうずうずしているのが、ナナシーには見えていた。
一人でシャドーボクシングをして早く戦いたいと訴えかけていた。
しかし配信の引きが欲しいのでコメント欄に視線が行った。
ナナシーもコメント欄をチラ見すると、面白いことが書かれていた。
“やっぱスライムだよな”
“武器持ってないけど、まさか素手でやるの?”
“モンスター何て倒しても良いのかよ? 配信に映るのか?”
“ちょっと可愛そう”
コメントがいくつも流れたが、ナナシーが注目したのは“武器持ってないけど倒せるのか”だ。
確かにbotは武器を持っていなかった。
完全に素手で危ないのではと心配した。
「何だよナナシー? あん、武器? そんなの俺には必要ないぜ!」
ナナシーは気になったので、声には出さない代わりにチャットで伝えた。
スマホの画面にナナシーのチャットが映り込んだので、botは気になって顔色を窺った。
するとbotは問題なさそうで、親指を立てていた。
「そんじゃあまぁ行ってくるわ!」
botは思いっきり地面を蹴った。
ナナシーは急激に加速するbotに驚き、瞬きを繰り返した。
ただでさえbotは運動神経が良くて、スポーツ万能なことは知っている。
自分の個チャンでもそっち系の動画が多いから尚のことだ。
何度も編集して高校の体育の授業でも見てきた。
だからこそナナシーは思うところがあった。明らかに身体能力が向上していたのだ。
(これが薬の力……ダンジョンだとこんなに動きが変わるのか)
ナナシーと同じことを思う人はコメント欄にも居た。
“な、何だあのスピード!”
“人間業じゃなえ”
“ダンジョンだとこんなこともできるのかよ”
“www”
凄い盛り上がりを見せていた。
視聴者全員がbotのことを観ていて、手に汗を握っていた。
ナナシーは気が付いていなかったが、この時同接5000人を達成していた。
何気に5000人は初だったので、botがスマホを見ていればスライムどころの騒ぎではなかったはずだ。
「こんな可愛いスライムを倒しちまうのは可哀そうだけどよ、悪りなぁ!」
右拳を思いっきり引き寄せ、背筋が盛り上がる。
ポヨンポヨンと飛び跳ねるスライム目掛けて拳を叩き込んだ。
「キューン!」
スライムがぶにょっとしぼみ、瞬く間に消滅した。
ナナシーもbotも視聴者も、みんな瞬きをして何が起こったのか一瞬理解できなかった。
「た、倒したっぽい?」
倒したはずのbotが一番納得いっていなかった。
まさかここまであっさりだとは思わなかったようで、地面に転がる紫色をした小さな石を拾い上げ、頬を掻きむしった。
「これが魔石……お、おっしゃぁー!」
とは言えしっかり間繋ぎができるところがbotの良いところでもあった。
魔石をキラリと光らせてスライム討伐にはしゃいだ。
コメント欄もなんやかんやありつつも、botの活躍を讃えた。
“ス、スゲエーΣ(゜Д゜)”
“お、おめでとう”
“な、何か凄くね?”
“チャララチャララーン!”
(何だこれ)
ナナシーはあんぐりと口を開けてしまった。
とは言え空気を合わせて拍手を送っておくことにした。
カメラが一瞬ブレ、視聴者は酔ったかもしれない。
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