第12話 洞窟にヤドカリ
初めてのモンスターとの戦闘を無事に勝利で納めたbotは調子に乗っていた。
勢いづいていたと言ったら格好がつくのかもしれないが、本当に調子に乗っていた。
「いやぁマジで良かったよな。なぁナナシー」
コクコクと首だけ縦に振る。
するとbotは気を良くしたのか、さらにコメントで自分の活躍に付いて尋ねた。
流石に間を
いつもの雑談をすっ飛ばし、同じ話をループしていてつまらなかった。
しかしナナシーは特にツッコミを入れることはなかった。
むしろスルーしていて、一人赤っ恥を掻くbotを眺めていた。
けれどbotもいい加減同じ話で引っ張るのは大変になって来たのか、急にピタリと話しを止めた。
それから別の話題を持ち出した。
「やっぱり強いよな。来年には絶対メジャー行くって。みんなもそう思うだろ?」
プロ野球の話だった。
しかしコメントはあまり関心がないようで、ほとんどbotの一人喋りだった。
とは言え間繋ぎなので本人は気にしていないらしい。
自由に喋っているだけで満足そうだった。
「そうだ。今度個チャンで百六十キロに挑戦とか如何よ! 絶対面白そうじゃね?」
ついにはネタを提案し出すbotにナナシーは無反応だった。
無表情無感情でbotの一人喋りをカメラで映し、スマホのコメント欄をジッと眺めた。
“あれ? 今何か映ったよね?”
気になるコメントが流れた。
ずっと見ていたナナシーならギリギリ追うことができた。
視線をbotの先に向け、ジッと目を凝らした。
何かいるのか。
地面や壁、天井とあらゆる面に視線を配ると、地面を尖った岩が動いていた。
「……それでさ、ホームラン打てるまで何時間掛かるのか的な? ナナシーからチャット?」
“何かいるぞ”
ナナシーはスマホでパチパチとチャットを表示させた。
botはナナシーの顔を見ると、顎を使って前を見るように伝えた。
口で言えばいいのに、未だにマイクに乗るのが嫌なので、全く喋ろうとしなかった。
「何かいるのか? うーん、ヤドカリか?」
botは目を凝らした。
三角形の尖った岩が動いていて、その下には蟹のような生き物が這っている。
「うん、ヤドカリだな。ってなんでヤドカリなんだよ? ここは海から大分離れているんだぞ?」
ナナシーは何となく思うところがあった。
おそらくと思いコメント欄を見てみると、同じことを言っているコメントが表示された。
“オカヤドカリじゃね?”
オカヤドカリはヤドカリだけど海には生息していない。
だから地上にあるダンジョンに居てもおかしくないけれど、明らかにインパクトに欠けた。
凄く地味で、ナナシーは微妙な表情を浮かべた。
「へぇー、オカヤドカリ。そんなのが居るんだな。えっ、天然記念物!?」
実際のオカヤドカリは天然記念物らしい。
ナナシーもbotも詳しくはないのでコメント欄で教えて貰った。
botは声に出して感嘆とし、ナナシーも無言でためになった。
「何か気が引ける系のモンスターだな。でも俺は倒すけどな」
流石はbotだ、容赦がない。
ナナシーはきっぱりとした性格に拍手を送り、声援は無く応援した。
すると答えてくれたのか、「ファンササンキューな!」と視聴者に絶対に伝わらないことを口にした。
「それじゃ俺が倒してもいいんだな。みんな、勝ったら褒めてくれよな!」
botはカメラを前にして普通なら絶対に言わないことを平気で口にした。
しかしbotがこういうタイプなことはもう判っていると思うので、みんな話に乗っかった。
“いいぞいいぞ、やれやれぇ!”
“期待してるぜ!”
凄く乾いたコメントが大量に流れた。
botはたくさんの応援を受け取り、気合十分で突っ込んでいった。
(本当にただのヤドカリなのか?)
ナナシーは警戒していた。
拳を振り上げて、踏み込んだ右足に体重を乗せたbotが拳を叩き込もうとした。
するとヤドカリは岩の中に身を潜めて、拳から守った。
流石にbotも怪我必至は避けたようだ。
「おっと、流石にこいつは……はっ!?」
botが叫んだ。
何が起きたのか確認しようとしたナナシーだったが、突然ヤドカリが飛び跳ねたのでビックリした。
「嘘だろ!? ヤドカリがこんな動きすんじゃねえよ!」
botは下から上へと突き上げるヤドカリの攻撃を何とか
岩の殻が槍のように鋭いのでかなり危険だったので、下手をすれば流血していたかもしれない。
ナナシーは配信が強制的終了されなかったことに安堵し、ホッと胸を撫で下ろす。
コメントでもbotがやられそうで、ひやひやしていた。
“マジ!?Σ(゜ω゜ノ)ノ”
“ヒェェ!”
“ヤドカリが跳ねた!!”
”まるで槍ですなー“
とは言えコメントは別の意味で盛り上がっていた。
これはしっかり配信しようとナナシーはカメラを構えた。
「ちょっと待てって。コイツちょこまかと……ナナシーも手伝えって!」
botは一人では大変だったのでナナシーを呼んだ。
しかしナナシーは顔出ししたくなかったので、カメラを回しながらせめてもの援護をした。
落ちていた小石を拾うと、薬のおかげで強化されたパワーを活かして投げつけた。
シューン!
ナナシーの投げた小石はbotよりも遅かった。
強化のされ方には違いがあるとナナシーは考え、仕方なく援護をすることすら止めた。
ここはbot一人に頑張らせて、コメントを稼いでもらう。
気が付けば同接もかなり伸びていた。
ついに8000人を超えていて、今までこんなことなかったのでナナシーもちょっとは驚いた。
けれどそれ以上興味はないので、カメラにがっつり集中した。
「ナナシーの援護が無くなった? まさか俺一人でやれってことかよ!」
そのまさかだが、ナナシーは何の返答もなかった。
ビデオカメラを手振れしないように脇を締めてがっちり構え、botのことを映している。
スマホの画面には全面自分の姿が映り込み、botは視聴者全員の注目の的になっていた。
そのことに嬉しくなったのか、怒りを忘れてにやりと笑みを浮かべた。
「みんな俺のこと観てるな。期待されてんだな……んなら期待に応えてやろうじゃねえか!」
急に何事かと思ったナナシーはカメラから目を離した。
するとbotの手が若干赤くなっていた。
何かアレルギーでも発症したのか、それとも単に血行が良すぎただけなのか。
この距離だとナナシーの目には何とも言えないのでわからなかったが、botは本気で楽しんでいた。
botなりのファンサービスが始まった。
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