第86話 如何やら先に進めるらしい?
「おい、熱志」
「はぁ、何だよ?」
名梨は教室に居た熱志に声を掛けた。
きょとんとした顔をして振り返ると、熱志は首を捻った。
「楓に呼ばれているだろ。今日の放課後、霊龍の泉域」
「ああ、それ俺が頼んだんだよ」
「はぁ?」
聞いていない事実だった。
名梨は表情を歪ませると、熱志は言いだした。
「実はさ、前に行った時に大岩で塞がれていた道があっただろ? 覚えているよな」
「まあな」
「そこがついに取り壊されて通れるようになったらしいんだよ。だからさ、行ってみようぜ!」
熱志は楽しそうに語っていた。まるで子供のような目をしていた。
キラキラと純粋無垢だったのだが、名梨はげんなりした顔色を浮かべた。
何故なら熱志の格好が格好だった。
「そうか。当然お前も来るんだよな?」
「おうよ。誘った張本人だかんな!」
「そうだよな。実際お前なんだよな」
「当たり前だろ。何きょとんとしてんだよ? アレか、変なもんでも食ってきたのか?」
熱志の言っていることが耳に入らなかった。
何故なら名梨の視線の先に居た熱志は、今から部活に行こうとしている格好だった。
しかも洗濯したばかりのタンクトップを着ていた。無性に腹が立った。
「その格好は何だ?」
「格好? ああ、これから部活に参加してくんだよ。助っ人頼まれててな」
名梨はその態度を嫌った。
自分が誘っておいて、それを放りだす姿勢が容易に想像ができたのだ。
「おい、ダンジョンは如何するんだ?」
「うーん、悪いけど一旦パスな。三十分したら行くから」
「……信じられない」
「おいおい、俺が嘘を付くような男に見えるか?」
「見える」
「おい! そこは嘘でも見えないって言ってろよ!」
名梨は流れなど汲み取る気はなかった。
むしろ熱志の流れだけは迷惑を持ってくることがあるので、極力無視したかった。
けれどこうなってしまった以上は仕方なかった。
名梨は指を突きつけた。
「来なかったら?」
「あ、アイスでも何でも奢ってやるよ! それともステーキでも食いに行くか?」
「そこまではしなくていい。だが言質は取ったぞ」
名梨は熱志のことを睨むような目で見ていた。
だけど言質を取るとある程度許せたので、名梨は「必ず来いよ」と念押しをして置いた。
こういうのには訳があった。
大抵熱志はこうでも言っておかないと、来ない可能性が極めて高かった。
財布の中身を人質に取られたら流石に来るだろうと、名梨も考えるのだった。
*
「で、二十分経つのだが……」
「来ない」
名梨とヴラドは霊龍の泉域の前で待っていた。
名前は有名なダンジョンなので人が多いかと思われたが誰も来る様子が無く、ずーっと入り口付近で待っていた。
しかし誰も来なかった。
その中には熱志や楓のこともあったが、楓に関しては先に返信を貰っていた。
「楓は今電車の中だって」
「まあそうだな」
楓に関しては住んでいる地域が違っていた。
だから交通機関との折り合いを見ないといけないのだが、楓は前もって連絡をくれていた。そのおかげで少し遅れたりしても全く気になることもなかった。
とは言え問題はもう一人だ。
「熱志の方は来ないな」
「そう」
熱志が来る様子が全く無かった。
これは長期戦になるなと覚悟した。
「ヴラド、対戦でもするか?」
「うん」
お互いにスマホを取り出して時間を潰すことにした。
最近始めたバトロワゲームを一対一で真剣勝負だ。
本来は四人プレイの協力ゲームだが、ジリ貧な状況でも戦況を覆せるように多少は練習をしておくのも必要だった。そのための一対一なのだ。
「上手いな」
「そこそこ」
しかしお互いに会話は少なめだった。
互いに正確な狙い撃ちをするので読み合いがさらに深い読み合いを加速させていた。
常人では付いていけない、もはやプロの領域だった。
「そこだ」
「分かってる」
「ああ、俺も分かっている」
お互いに狙いを完全に読み切っていた。
互いの拾った銃口が向けられる中、引き金を引こうとした。
その瞬間だ。聞き慣れた声が聞こえてきた。
「おーい!」
「悪ぃ、遅くなったぁ!」
やって来たのは楓と熱志だった。
楓の格好は完全に私服で、鞄も持っていなかった。
如何やら駅のコインロッカーに放り込んできたようだ。
対して熱志の格好は完全に部活終わりだった。
全身が火照っていて、湯気が立ち込めていた。
「やっと来たか」
「そうみたい」
名梨とヴラドはスマホをポケットに仕舞った。
すると膝を震わせる楓が息を荒くしていた。熱志は終始余裕そうで、遅れたことに全く気にも留めていなかった。
「ご、ごめんね。遅く、なっちゃった……はぁはぁ」
「大丈夫だ。楓は事前に知らせてくれていたからな。むしろもっとゆっくりでも良かったぞ」
「そんなの駄目だよ。だって、誘ったのに遅れちゃったら申し訳ないよ」
「硬いな、楓は。お前はもう少し時間にゆとりを持て」
名梨の言うことは、かなり上から目線だった。
だけどそれは楓の身を案じて語り掛けていたのだ。
「それにもっと問題児は隣に居る」
「何だよ。それって俺のことか?」
「当たり前だ」
珍しく名梨は不機嫌だった。
対して熱志は自分に指を向け、完全に分かっていない顔をしていた。
名梨の感情を逆撫でし、無性に腹を立たせた。
「お前は有罪だ」
「お、俺が? 何でだよ」
「四十分。遅刻だ」
「は、はぁ? それくらい寛容に……あっ!」
「墓穴を掘ったな。全員分のステーキ。用意な」
「うっ……俺の財布にダメージが! 辛いぜ」
熱志は顔色を悪くしていた。
けれど名梨は何も気にしなかった。
「ねえ、何の話? ステーキって?」
「さぁ?」
ヴラドは楓の質問を無視した。
楓は頭のはてなを付けると、名梨に声を掛けた。
「名梨君、ステーキって?」
「楓は気にするな。それより肉は食べられるか?」
「う、うん。大好きだよ?」
意外な声が返ってきた。
タンパク質の多くて、筋肉の源になるステーキを楓が好むとは想定外だった。
「か、楓さーん」
「う、うーん。ごめんね熱志君。それよりみんな行こうよ!」
「冷たい」
熱志に対して楓が言った一言にヴラドが思ったことだ。
けれどそこに愛はなかった。むしろ自業自得と言った様子で、早速ポータルを踏むと、熱志のことが完全にほっぽりだし、ダンジョンの奥地へと向かった。
まずは第二階層から第三階層へと足を運ぶルートだ。
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