SS1章 龍登りってなに?

第70話 楓に誘われてしまったのだが?

「ふはぁー」


 名梨はベッドの上に横になり、大きな欠伸を掻いた。

 目元を擦りながら、スマホを傍に置いていた。


「疲れたな」


 名梨は非常に疲れていた。

 今日は土曜日と言うこともあり、朝から熱志に振り回されてしまった。


 と言うのも「最近体動かしてないだろ?」と無茶苦茶な売り文句を吐かれた。

 その挙句に熱志から編集を頼まれていた動画素材を置き去りにし、外へと連れて行かれた。


 向かった先はアスレチック公園だった。

 その結果は想像通りで、クタクタになるまで運動をさせられた。非常に面倒だった。


「はぁ、疲れた。動けん」


 名梨はジト目になっていた。

 そこにヴラドがやって来る。


「如何したの?」

「別に」

「そうは言っても疲れてる。熱志に振り回されたから?」

「分かっているなら聞かないでくれ」


 名梨は体力がすっからかんになっていた。

 もう余計なことを考えたくなかった。

 それでもヴラドは尋ねた。


「今日はゲーム配信しないの?」

「ん? 休みだな」

「そう? それじゃあ私が代わりにする?」

「替玉はバレるから無しだ。自分のチャンネルでやれ」

「分かった」


 ヴラドは名梨をジッと見つめた。

 体力の尽きた名梨はそんなに面白いのか?

 そう思うのかもしれないが、ヴラドの態度は少し違った。


「たまご粥作って来る」

「いや、風邪は引いてない」


 ヴラドが真っ先にキッチンに向かおうとしたので、名梨は頑張って止めた。

 しかしヴラドは制止を振り切った。


「疲れている時は休むのが鉄則」

「それはそうだが……そう言えば冷蔵庫に栄養ドリンクがあったな」

「それは駄目」


 ヴラドが真っ向から否定する。

 名梨は表情を訝しめだが、ヴラド曰く。


「栄養ドリンクは諸刃だからこんな夜遅くに飲む必要はない。つまりもっと栄養価の高いものを食べたほうがいい。無駄にエナジードリンク系を飲むと血管を開くだけ。つまり効果の切れた後が地獄になる」

「うっ、言われてみればそうだな」

「と言うわけで、作って来るから。少し待ってて」


 ヴラドはスタスタと気配を消した。

 キッチンの方へと向かうと、名梨は自室に取り残された。


「暇になったな」


 とりあえず寝るのは申し訳なかった。

 そこでしばらく横になっていると、スマホが鳴った。


「ん?」


 誰からだろうと思い手に取ると、楓からだった。

 ROADにメッセージが送られていて、ホーム画面のロックを解除すると、早速内容を確認する。


「えーっと、何々? 明日暇かな? はぁ、暇だけど」


 名梨はポツリと口にした。

 何かあったのかと思い、メッセージに返信した。


[暇だけど?]


 すぐに返信が返った。

 あまりの速さに既読までが異常だと感じたが、名梨は気にしない。


[やった! それじゃあ明日の朝10時に奥々多摩駅に来られるかな?]


「奥々多摩? 確か八年前に新しくできた駅だったな」


 確か奥多摩のさらに奥地で、滅多に人が入らないところだと聞く。

 ただしその分だけ、自然豊かな土地だ。

 広大なダンジョンが形成されていて、普通の人は入れないが薬を飲んだ人間ならハイキングレベルにはちょうど良かった。


[如何してだ?]


[今度ゴールデンウィークでしょ? ゴールデンウィークって言えばってものが見られるかもだって。せっかくだから動画のネタにでも如何かな?]


[動画のネタか……]


 確かに面白かった。

 しかし熱志は参加できない。


[熱志君達に話さないとね]


[無理だ]


[如何してΣ(°Д°)!]


[熱志は部活の助っ人だ。ヴラドは知らない]


 メッセージでのやり取りが続いた。

 それからしばらくすると、だんだんと話がまとまり始めた。


[とりあえず俺は行ける。それだいいか?]


 返って来なかった。

 先程までレスポンスがとても速かったはずが、急に既読が付いても返信がなかった。


 まあ普通はそんなものだ。

 先程までが速すぎただけだと、名梨は思った。


 それからしばらくした。

 たっぷり時間を使ってから、返信が返る。


[もちろん良いよ(・‿<)]


 楓から了承を貰った。

 とりあえずこれで良いとして、後はヴラドだ。


 するとスタスタと音が聞こえた。

 気配はないのだが、誰かが近づいて来た。


「何しているの?」


 首を捻るヴラドが居た。

 トレイを持ち、その上には小さな土鍋が置かれていた。


 蓋が閉まっているが、小さな穴から湯気が立っていた。

 レンゲも用意されていて、準備万端だった。


「別に」

「そんなことない。何かあった?」

「まあな。とりあえずヴラド、明日は暇か?」

「暇? ううん。暇じゃない」

「そうなのか?」

「うん。明日は予定が入っているから。ダンジョンに行く暇はない」


 カレンダーを指差した。

 青字で何か書かれていた。


 如何やらヴラドが付けたメモらしい。

 目を凝らして見てみると、調査課でバイトと書いてあった。


 中学生がバイトはしていかなかった。

 けれどヴラドはこの世界の人間でもなく、吸血鬼とのハーフなので様々な面で力を貸しているらしい。しかも給料も良かった。


「だからごめん」

「謝る必要はない。ヴラドが頑張っているのなら、それ以上はないだろ」

「……ありがとう」


 ヴラドが少しだけ笑みを浮かべた。

 何が恥ずかしいのか、それとも嬉しいのか、頬が赤い。


 けれど名梨は無頓着だった。

 とりあえず明日は楓とダンジョンに行くことになるのだが、何も感じないのだった。朴念仁とはまさにこのことだ。

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