第8話 ヤバめの薬を飲む

「何でこんなことになったんだ?」


 名梨は針と容器を渡されて、困惑していた。

 しかも病院で使われるような針と容器が一体化したもので、親指の腹に当てて使う注射器タイプだ。

 まさか自分で使う日が来るとは思わなかった。


 プスッ!


 熱志が躊躇ためらわずに針を刺した。

 それに合わせて名梨も指の腹に刺し、血液が少しだけ持って行かれる。


 赤く血が滲んでいて、名梨はちょっとだけ痛みを感じた。

 当然のことだとは思うけど。


「本当に使うのか?」

「仕方ねえだろ。薬を打たないとダンジョンじゃ危険なんだよ」

「……そんな場所に行っていいのか? しかも薬は危険じゃないのか?」

「危険だから許可がいるんだよ」

「……俺達高校生何だけど」


 さっきの書類は生と死の分かれ道へ誘うものだったのか。

 そんなものを打たないとダンジョンに行けないとは、名梨は幻滅した。


 そもそも国がそんな危険なものを打つことを許しているとは想像もつかない。

しかも許可さえあれば個人の判断で打てるとは。

名梨は何度考えても理解できなかった。


「ちなみに薬ってどんなやつ何だ?」

「おっ、興味持ってんじゃん」

「うるさいな。仕方ないだろ。ここまで来たらするしかないんだ」


 もしもまた注射器的なタイプなら何本打たせるんだと名梨は思った。

 しかし熱志はここでとんでもないことを口にする。

 名梨の想像を超えており、口を開けっ放しにした。


「はぁ? 薬を打つって言うのは比喩表現で“打ち薬”じゃなくて“飲み薬”な」

「飲み薬? えっ、服用タイプ?」

「当たり前だろ。そんな薬品を体に打つ馬鹿居るわけないだろ」


 馬鹿はお前だと、名梨は思った。

 熱志の人を不安にさせるボキャブラの無さにつくづく頭を抱え、名梨は考えることを止めた。


「お前、ずっと打つって行ってただろ」

「それは飲み薬ってバレたら本気で来ないと思ってだな……」

「馬鹿やろう。そんな大事なことは早く言え」


 名梨は騙されたことに腹を立てていつにも無く怒鳴りつけた。

 ここが市役所の中であることなどお構いなしに叱りつけ、熱志はビビった。

 そして名梨は目立ってしまった。


「あっ……」

「ちょっと頭冷やせ。冷静な思考でドライな性格がお前の持ち味だろ?」


 誰のせいだと思っているんだ。名梨は熱志にとがめられ、眉根を寄せた。

 けれど名梨は自分の非を改める。

 少し頭を冷やし、大きく深呼吸をした。


「悪かった」

「まあ俺が悪いんだけどな!」

「……」


 名梨は完全に黙り込んだ。

 これ以上付き合ってられない。もうここまで来たんだ。最後までやって帰ろうと、名梨は別の意味で決意を固めた。


 採取した血液を持って受付に向かうと、職員の女性が待っていた。

 血液の入った容器を預かると、もうしばらく待つように言われる。


「それでは検査の結果が出るまでしばらくお待ちください。十分くらいで終わりますが、検査の結果が合格の場合は次へ、不合格の場合はダンジョンへの探索許可は認められませんのでご了承ください」


 名梨はここでピンときた。

 もしも不合格になれば薬を飲まなくてもいい。

 その言葉に歓喜して早く帰りたいと思った。それから合否の判定が出るまでしばし待つ。


 *


 しばらくの間待っていると、名梨と熱志の前に先程の職員がやって来た。

 如何やら合否が出たらしく、ここで否なら帰れると最後のチャンスを心から願った。


 しかし残念ながら——


「合否の判定ですが……おめでとうございます! お二人はなんと合格です!」

「やったぜ!」

「マジかよ……」


 熱志はガッツポーズをして喜び、名梨はがっかりした。

 どうせなら不合格で帰りたいと思っていたのだ。

 けれど合格になってしまった名梨に、職員の女性が不敵なことを口にする。


「凄いです。合格率二割の審査に合格する何て。ダンジョン探索はこの国の発展のためには日夜解明を続けなければならない貴重な研究資材ですからね。是非とも頑張って素敵な宝物を集めてください!」


 情報が多すぎて錯綜さくそうした。

 頭の中がパンクしそうになり、一つ一つの情報をまとめる。


 極東の国では名梨の想像以上にダンジョンの探索が目覚ましいらしい。

 しかしダンジョンは危険がいっぱいで、何が起こるかわからない。

 幸いにもダンジョン内で人が死ぬことは無いのだが、それでも探索に滅入ってしまう人は大勢いるそうだ。


 そこでダンジョン探索をより円滑に進め、長時間モンスターとの戦闘に長けた人材を育成するには如何したら良いのか大人達が考えたらしい。

 そんなある日、ダンジョンの中からやって来た意思疎通を図れる人が居たという。

 その人は普通の人間ではなかったらしい。

 如何やらダンジョンの中からやって来た少し変わった人たちのようで、この世界の人よりも強かった。


 そう言った人達の協力もあり、この世界の人達がダンジョン内でも活動できるようにある物を作った。

 それがダンジョン内の魔力を取り込むことで身体能力を上げる薬。

 この薬には生命力を上げる効果や、特殊な能力をダンジョン内でだけ使えるようにする効果があるらしい。

 にわかには信じがたいが、それが本当にできてしまったそうだ。


 けれど適応者がいるらしい。

 適応できる人間は血液検査の成分表である程度割り出せるようで、ダンジョンに入ることができるのは薬の適応者だけとなった。


 適応者は頻繁にダンジョンに潜り、魔石などダンジョン内にある珍しいものを採取して国に提出すると、お金が発生する。

 その魔石をこの国のために使うのだかられっきとした仕事に値するらしい。


 さらにモチベーション維持のためにダンジョン内でしていいことは他にもある。

 例えばダンジョン内での配信など規約がかなり緩く制限されている。

 もちろんのことだが、人間同士の争いは禁止されているなど、様々なルールが設けられていた。


 ここまでの説明を聞いて熱志は理解できなかった。

 名梨も何とか食らい付き、既にキャパオーバー寸前だ。


「と言うわけです。理解していただけましたか?」

「まあ、何となく?」


 名梨はもう聞き飽きたので軽く話しを流した。

 すると職員の女性はにこやかな笑みを浮かべると、何故か敬礼する。


「それでは素敵なダンジョンライフを!」


 決まり文句を吐かれてしまった。

 まるでテーマパークのスタッフのような対応に、名梨も熱志もくたびれてしまう。


「とりあえず明日で良いな」

「そうだな。今日はもう帰ろうぜ」


 二人ともダウンしてしまう。

 話の結果、ダンジョンに行くのは明日になった。

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