第13話 これが能力ってやつか

 botの手が若干赤くなっていた。

 一体何が始まるのか、ナナシーはゴクリと喉を鳴らした。


 スマホの配信画面を見てみると、コメント欄も騒がしかった。

 手が赤くなっているので、何が始まるのかワクワクしているようだ。


“おいおい、何か始まるぞ!”


“手が真っ赤になってる?”


“これもダンジョンの効果なのか?”


“手が赤くなっただけで勝てるのかよw”


 確かにナナシーも気がかりだった。

 botの手は赤くなっているだけで、特に周囲の温度が上がったわけでもない。

 一方的に手が赤くなるだけだった。


「そんじゃあ行くぜ! ナナシー見てろよ。これが薬の効能だ!」


 botが珍しく難しい言葉を使った。

 とは言えナナシーは首を捻った。


薬の効能・・・・?)


 ダンジョンに適応するだけが薬の効果じゃない。

 その効能は身体能力を強化し、服用した人に特殊な能力を与えるというものだった。


 与えられる能力は個人差が激しい。

 その人にもっとも適した奇々怪々ききかいかいな能力が発言するとのことだった。


 ナナシーは市役所のダンジョン調査課で明るい茶髪の女性が教えてくれたことを薄っすらと思いだした。

 始めbotから聞いた時はナナシーも興味があったけれど、あの時は話が長すぎた上に疲れていたため記憶にも残っていなかった。


(能力……手が赤くなるのはbotの能力なのか?)


 一体どんな能力が見られるのか、ナナシーはより一層ワクワクした。

 視聴者とナナシーの視線が一斉にbotに集まり高い期待感が生まれると、botはヤドカリへ走り込み、真っ赤になった手で触れた。


“嘘だろ!”


“怪我するよね”


“流血確定www”


コメント欄でも危ないと注意した。

 しかしbotはスマホの画面を見ていないので気が付くことは無かった。

ナナシーも危ないと思ったので止めようとした。

 

 だけど心配する必要は全く無かった。

 手を伸ばしたbotはヤドカリの背負った鋭い岩を掴むと、ジュルジュルプシュー! と謎の効果音を立てた。


(な、何が起きたんだ?)


 あまりに地味な光景にナナシーは目を丸くした。

 コメント欄でも何が起きたのか分からないので、謎コメントが大量に投下された。

 せっかく集めた期待が謎に飲み込まれてしまい、応援がはてなだらけになった。


「これが俺の得た能力だぜ! 地味だけどよ、強力な能力だ!」


 botは自信たっぷりに口にした。

 するとカメラをズームして、botの手元に注目した。

 岩を貝殻のように背負っていたはずのヤドカリが、岩を失って無防備になっていた。


(如何いうことだ?)


 ナナシーは瞬きをした。

 さっきまで鋭い岩を背負っていたのにこの一瞬で何があったのだろう。

 コメント欄でも意味が分らないようで、頭をはてなばっかりが流れた。


“はぁ!?”


“なになになになに?”


“(・∀・)??”


“もしかして溶かした?”


 気になるコメントを見つけた。

 ナナシーはチャットでbotに尋ねると、スマホをチラ見したbotの目に入る。


「おっ、正解だ。俺の能力は幾つかパターンがあるみたいでさ、血行を良くすると手の表面から物体を溶かす手汗を出すんだよ。あくまで溶かすだけなんだけどな、結構強くね?」


 ナナシーは強いと思った。

 けれどコメント欄ではその強みに気が付いていない様子だった。


“溶かすだけだろ?”


“地味な能力。期待して損した”


“www”


“岩じゃなくて本体溶かせばよくね?”


 かなり辛辣しんらつで辛口なコメントが多かった。

 しかしbotは気にしていない様子で、自分の能力を本当に好いていた。


「まあ今のところそうだよな。結局溶かすだけだから、触れねえと意味ねえもん」


 その言い方をするということは、別の使い方もあるということだ。

 ナナシーは他に何ができるのか尋ねようとした。

 その隙にヤドカリは逃げ出し、モンスターが居なくなった。


「あれぇー? おいおい、俺の真の能力を見せられねえじゃねえか」


(真の能力?)


 別の使い方は能力の真価らしい。

 ナナシーは見られないことを残念に思ったが、不意にダンジョンの壁がうごめき出した。


 ナナシーとカメラドローンはbotから壁の方にカメラを移した。

 するとボトッ! と何か落っこちてきた。


「な、何だ?」


何が落っこちて来たのか気になった。

botはゆっくり近づいてみると、さっき倒したヤドカリの仲間だった。

「なんだ」と腰に手を当てたbotだったが、ナナシーは異変を感じた。

壁から岩がどんどん落ちてくる。


「ちょっと待て。嘘だろ?」


 botもコメントもようやく気が付いた。

 壁から落ちてきたのは全て岩を背負ったヤドカリで、やられた仲間の敵討かたきうちのためにbotを狙った。


(一、二、三、四……ざっと数えて二十匹か)


 圧倒的に多かった。

 流石にbotもマズいかと思ったナナシーだったが、botは楽しそうにニヤニヤ笑みを浮かべた。


「数が多いなら好都合だぜ。それじゃあみんな、俺の能力の真価を見せてやるぞ!」


 そう言うと、botは手のひらを合わせた。

 すると手が全体的に真っ赤になり、少し気温が上がった気がした。


(気のせいか。少し暑いな)


 そう思ったナナシーの感覚は間違っていなかった。

 目を凝らしてみると、botの手から炎が出た。

 さっきまでの溶かす能力は何だったのか。あまりにも違い過ぎる方向転換に、ナナシーは幻滅した。


 けれどよくよく考えてみればbotの溶かす能力は炎系に属している。

 何故なら——


「俺の能力は触れたものを溶かす能力ってのは噛み砕いたものなんだぜ。本当は血行を促進させて、手汗に触れたもの蒸発させて、大気中の酸素を超高温になった指で鳴らすことで……炎を出せるんだぜ。まあ、ありきたりだろ?」


 botは指を鳴らした。すると派手に火花と発火音を散らし、拳に炎が灯った。

 如何してそれで丸焦げにならないのか、ナナシーは不思議でたまらなかったが、コメントではかなり熱い展開に唸りを上げていた。


“何だよそれ!”


“能力を誤魔化すなんて頭使ってんなー”


“botさんが珍しいこと言ってる”


“初見です。何か凄いことしてますね。とりあえず投げ銭しておきます”(100円)


 ちょっと馬鹿にされていた。

 しかし本人は全く気にしていないし、むしろ応援されて嬉しそうだった。


「投げ銭あざーす! んじゃ、一瞬で決めるぜ!」


 炎が感情の高ぶりに合わせて派手に燃えた。

 両の拳が炎に包まれ、メラメラと燃えていた。漫画の世界のキャラのようだった。

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