第32話 今は更地の新宿
この世界は十年前にダンジョンと呼ばれる不思議なものが発生した。
それよって様々な地形が隆起して、今まであったはずのものが簡単に無くなった。
簡単に言えばたくさんの人や物がこの世から消えた。
特に極東にある島国ではその影響が世界から見ても大きく出ていた。
ユーラシア大陸でもダンジョンと呼ばれるものは幾つか現れた。
アメリカの方でもたくさん現れた。
しかし規模感としてはそこまでで、ここまでバリエーションに特化したダンジョンが豊富なのは極東に浮かぶ島国ぐらいものだった。
果たしてそれを良いと捉えるか悪いと捉えるのか。
それは人や政府次第だ。
今のところ、電車に揺られている名梨と熱志にはそこまで関係ないことだが、外の景色に目を向ければその事実が伝わった。
「これが神田川か」
「おっ! うわぁ、何もねえ」
熱志が振り返り車窓を見ると、川が流れていた。
しかし周りには何もなく、橋が幾つか掛かっているだけだった。
本当に変わっていた。
名梨はそこまで思い入れがあるわけではないが、十年ほど前に東京は酷いことになった。
たくさんのダンジョンができた代わりに、たくさんあった既存のものが無くなっていた。
例えば東京を代表とする二大タワーはもちろん倒壊した。
不謹慎かもしれないが、ダンジョンが真下から隆起したせいでそれに巻き込まれたのだ。
それ以外にも様々なことが起きた。
挙げれば挙げるほど切りがないが、とにかく東京は変わってしまった。
極東の島国、日本はもはや別物となっていた。
「でもさ、俺達はその屍の上に成り立ってるんだぜ」
「そうだな」
「そうだなって、お前冷たいな」
「仕方ないだろ。その時俺はこっちに居なかったんだ」
名梨はとにかくドライだった。
この街は面白いがそれだけ色々なものが巡り巡っていた。
それを如何捉えるか。遺されたものを見て思うこと以外に生きている者が答える権利はなかった。
「とは言え、多摩川と荒川系しか残らないとはな」
「それが今のこの土地の区分だ。分かりやすくなって良かっただろ」
これは楽観的に捉えた方が良かった。
二十三区もあったこの土地は昔の名残を残しつつも、現在は二つの市に分かれていた。
名梨達の暮らす多摩川沿いの摩夜市。それから荒川沿いの荒陽市。
今向かっているのは荒川方面なので、荒陽市の地名の一つ——
名梨と熱志は駅に着いた。
電車から降りると、名梨と熱志以外に降りる人はおらず、何だか寂れていた。
「腐食が進んでいるな」
「ダンジョンの影響だろ。この辺り一帯は調べたけどよ、十年前からこんな感じらしいぜ。それが年々酷くなってる」
「政府は何もしないのか?」
「するわけねえだろ。もうここは繁華街でもないんだ」
何だか素っ気ないなと思った。
とは言え名梨も映像の中でしか見たことがないので、どんな風に変わっているのか興味があった。
駅のホームから無人の改札口を抜ける。
まだICカードで成り立っているところが、随分と手付かずになっていることを露呈させた。
「よし見えて来たぞ。ここが……」
「新宿か」
駅から出ると国道二十号線があった。
しかし大分痛んでいるようで、コンクリート片が飛び散っていた。
その周りには何もなくかつての繁華街らしさは何も残っていなかった。
あるのは小さな無人のバス停ぐらいで、本当にここが十年前まで世界一一日の乗客数が多かった駅なのかと疑いの目すら向けてしまう程だった。
「イメージとかなり違うな」
「そうだな。何にもない。つーか、ここ自体がダンジョンなんだろ?」
新宿はダンジョンに飲み込まれた区だった。
他の区も幾つか似たようなものはあるが、ここは特に酷かった。
過去の情景を思わせるようなものは何もなく、くたびれた田舎ぐらい人通りが少なかった。
はっきり言おう。静かだけどつまらない。そんな街並みが広がっていた。
「まさかこうも更地になるとはな」
「そうだな。だが楓は如何してこんな場所に……」
渋谷や上野方はまだ無事らしかった。
とは言えこんな近辺なのにここまで酷い有り様だと同情の余地しかないので、名梨も熱志も押し黙っていた。
ここでたくさんの人が暮らし、たくさんの人がダンジョンに飲まれたと思えば電車の中で口にした言葉がより一層深まるものだ。
「それで楓は……」
名梨はそれでもドライだった。
周囲に向ける意識を楓単体に切り替えた。
見回して捜してみると、遠くから「おーい!」と名梨達を呼ぶ声があった。
そこに居たのは楓だった。手を振って目印になってくれていた。
「こっちこっち!」
「楓だ。今そっちくぜー! ほら、名梨も行くぞ」
「ああ」
名梨と熱志は楓の下に向かった。
如何やら反対側のバス停で待っていたようで、名梨達は再会した。
「二人ともこんにちは。今日もいい天気だね」
「そうだな」
「おう。絶好のダンジョン日和だぜ!」
熱志はとても楽しそうだった。
そもそもこの新宿区自体が広大なダンジョンであり、配信の絵面的にも十分なのだろうと、名梨は想像した。
とは言え、何か特別危険なモンスターが居るわけでもなければ、隆起して人を飲み込んだりするわけではなかった。
ただそこにダンジョンがあるだけ。それ以上でもそれ以下でもないのが、このダンジョンの不思議だった。
「それで何処に行くんだ」
「それは行ってのお楽しみだよ!」
「……帰る」
「ああ、待って待って。帰らないでよ」
名梨は答えが分からないので帰ろうとした。
しかし楓に腕を掴まれて動けなくなった。
ここはダンジョンなので身体能力が強化されていた。
来た時点で袋の鼠だったわけだ。
「ちょっと待ってよ。せっかく来たのに帰っちゃ駄目だよ」
「時間を無駄にしたくない」
「時間の無駄って……でも本当に行ったら分かるんだよ。ここからバスで十分くらいだから」
ここからバスにの乗るのか。
つまりここではなく何か別の場所に行く予定のようだ。
何処に向かうのだろうか? 名梨は少し考えた。
熱志ももしかしてと首を捻ると、お互いに「「あっ!」」と声を上げた。
「まさか……いや、それしかないな」
「マジか。軍手持ってくればよかったな」
「大丈夫だよ。はい、軍手。それからタオルだから。それじゃあ行ってみよっか、私達の戦場に!」
楓は拳を突き上げた。
何が戦場だと思いつつ、今日はあまり気温が上がらないことを期待した。
青空が眩しくて、目元が青くなる名梨だった。
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