第82話 大蛇の首

 botは走る。力の限り走る。

 すると目の前が開けて来て、何かあるのかと思い凝視する。


「お、おいマジかよコレ!」


 botは叫ぶ。視線の先にいたのは紫色の体を持った巨大な蛇だった。

 白髪の毛を広げ、巨大な黄色い瞳がギョロギョロと浮かんでいた。鋭い牙が生え揃い、やや黒み掛かった長い舌がニョロニョロ出たり入ったりしていた。


 しかもその目の前には少女がいた。

 botが背中に背負っている女性が莉乃と呼んだ子だ。


 今にもモンスターに食べられそうになっていた。もしもそんなことになったらとんでもない精神ダメージ喰らって、社会復帰ができなくなるかもしれない。

 心配になるのも無理はないが、女性がいくら手を伸ばしても絶対に届かない。だからこそ、botは前に踏み出した。


「いやぁ、だ、誰か助けてぇ!」


 少女が叫んだ。目をギュッと閉じ、高速で迫る巨大な口を前に逃げられない。

 足を捻ってしまっているのか、這うように移動するも遅過ぎた。

 巨大な蛇の口が近付いてきて、少女は最後の瞬間だと悟った。


(死にたくない!)


 少女は心の声を叫ぶも、声は出ていなかった。

 大蛇の舌先が素肌に触れる。ドロッとした感触に戦意を喪失したその時、体がふわりと浮いた。


「邪魔だ!」


 誰かに抱き抱えられている?

 少女は不思議に思い目を開けると、確かに体が浮いていて誰かに抱えられていた。


「えっ、だ、誰?」


 少女は首を回す。

 見上げると自分と大差ない年齢の少年がいて、手にはガントレットを装備していた。

 さらに空いている左手からは炎が出ていて、大蛇に叩き付けていた。


 ズドン!


 鼻先に拳を一発叩き込む。

 すると大蛇は怯んで顔を上げ、その隙を突いて距離を取った。


「あっぶねぇ、間一髪だったぜ!」


 botは冷や汗を流す。

 額の汗を拭き取ると、一旦背負っていた女性と莉乃と呼ばれた少女を下した。

 軽くなった体を屈め、ファイティングポーズを取った。


「莉乃、大丈夫?」

「柚美梨! 貴女無事だったのね!」

「うん。莉乃は?」

「私は……」


 二人の女性が手を取り合った。

 お互いの無事を確認すると安堵したのか、一瞬息を吐いた。

 その様子をチラ見したbotは腹から声を出した。


「大丈夫か二人とも!」


 botは声を掛けた。

 すると莉乃は首を捻り、botが何者なのか気になった。


「大丈夫……じゃないけど、大丈夫よ。それより貴方は!」

「俺か? 俺は大丈夫だぜ」


 botはニコラと微笑んでみせた。

 少しでも安心して欲しかったが、大蛇の顔が襲い掛かった。


「危ない!」

「大丈夫だって!」


 莉乃は叫んだ。しかしbotは動くことはなく、ガントレットに炎が灯ると、容赦なく拳を振りかざした。

 ズドン! と牙を折るような勢いで拳がクリンヒットすると、大蛇はよろめき距離を取った。


「つ、強い……」


 莉乃は呆気に取られた。自分達があんなに怯えてしまった相手に、たった一人で果敢に挑むなんて正気じゃない。

 だけだその勇ましい姿に目を奪われてしまい、カッコいいと思う。莉乃も柚美梨も全く動くことはできず、botに視線を奪われた。


「強すぎる」

「如何して……如何して、あんなモンスターを相手にして……」


 二人には分からなかった。

 botが何故あんなに楽しそうに戦っているのか、さっぱり理解ができなかった。


「やっぱり強いモンスターを相手にするのは面白いな」


 botはガントレットをかち合わせた。

 カチーン! と凄まじい金切り音が鳴り響くと、botは怯んだ大蛇を殴り込んだ。


「せーのっ!」


 botはガントレットを叩き込んだ。

 大蛇はブヨブヨしたお腹の部分に強烈な一撃が襲い発狂した。

 全身をのたうち回され、洞窟の中でジタバタした。


「うおっ、効いてるな!」


 botはその後もアグレッシブに攻め立てた。

 カメラドローンはその姿を映し撮り、たくさんのコメントで盛り上がった。


“嘘だろ!?”


“マジでこんなに強いのかよ”


“何であんなに動けるんだよw”


“モンスターが可哀想”


“炎使ってなくね?”


 信じられなかった。botの圧倒的なパワーを前にして大蛇は身動きすることができない。

 次から次へと拳が繰り出され、大蛇は悲鳴を上げた。

 しかしながら、bot本人は物足りない顔色を浮かべていた。思っていたモンスターの生態と違ったからだ。


「おかしいな。こんなに弱いはずねぇのに」

「「これで弱い!?」」


 莉乃と柚美梨は驚いて声を上げる。

 カメラドローンのマイクには載らなかったけれど、コメントと同じことを思った。


「当たり前だろ。まだコイツは、オロチノコウベは攻撃してねぇだろ?」


 botは危惧していた。

 如何して攻撃してこないのか、何か企んでいるのかと、足りない頭を目の前の情報で保管しようとした。


「た、戦わなくても逃げれば……」

「はぁ? 無理だろ、逃げてる間に追いつかれるっての」


 莉乃は逃げ腰だった。

 けれど莉乃も柚美梨も逃げることができない状況は変わらずで、今動けば足手纏いになる。だから何もできなくて、botはたった一人で戦いを強いられていたが、まだ負ける気はしなかった。

 むしろ勝つ。ただそれだけが脳裏をよぎり、大蛇の首が攻撃を仕掛けて来るのを待った。


 

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