第52話 初めての第二階層

 名梨達はそのまま先を目指した。

 とりあえず、この間灰色の犬型モンスター(ドラゴン)と戦った辺りまでやって来た。


「とりあえずここには来たな」

「ううっ……」

「大丈夫?」

「うん。ありがとう、ヴラドちゃん」


 ヴラドは気分を悪くした楓を心配した。

 背中を擦り、少しでも気を紛らわした。


 この間楓はここで襲われた。

 一人で粘ったものの危うく殺されるところだったのだ。

 その記憶が今蘇ってきた。

 口から嗚咽を発し、眉をひそめていた。


「あはは、こんな姿を配信で流したら幻滅されるかな?」

「そうなれば概要欄に前回のアーカイブを載せればいい。それで理解しない奴はそう言う人間だ」


 名梨はドライな反応だったが、楓を励ましていた。

 楓は「ありがとう」と答えると、薄っすらと笑みを浮かべた。


「ごめん。もう大丈夫だよ!」

「本当にか? 空元気だったら困るぞ」

「大丈夫だって。私、めげないから」


 そう言っている奴なら、最初からこんな風になっていないと、名梨は絶対に言わないが一部意見を思ってしまった。

 しかしここは本心から言葉をくべた。


「本当に無理するな。後が困るからな」


 体調が悪いのに友達と観光地へ行った時、調子が悪いのに登山をして高山病に掛かったり、世の中人間に優しくない。

 名梨はかなり比喩的というか少し枠組みの外れたことを思ったものの、ここは押し殺しておく。


「本当に大丈夫だよ。でもありがとね。そう言う優しい言葉、もう少し表情を変えて言って欲しかったけど」

「悪いな。そう言うファンサービスはやらない」


 名梨はかなり冷たかった。

 けれどそれが名梨の良いところだと、全員気が付いていた。

 だから特に何も言うことは無く、頃合いを見て熱志が先導した。


「んじゃ行くか!」

「そうだな」

「よーし、頑張るぞー!」


 名梨達は一応掛け声を合わせた。ほとんどノータイムで打ち合わせなどなかった。

 熱志と楓は完全に素だったが、名梨は一応雰囲気を合わせた。


 けれど一人だけ合わせ無かった人が居た。

 ヴラドは自由気ままで能天気だった。

 少し遅れてから、「あっ!」と声を出した。


「おー!」

「ヴラドちゃん、ちょっと遅かったかな?」

「遅くないと思う。私は合いの手を入れた」


 完全に間が合っていなかった。

 とは言え誰も文句は無く、とりあえず第二階層に向かうことにした。


「目の前に丁度良い穴が開いてるな」

「おまけに見て見ろ」

「うぉっ! これマジかよ。階段になってんじゃん!」

「そうだな。とりあえずポータルに触れるまでが作業だ。そこからだな」

「んじゃ、さっさとポータルまで行こうぜ!」


 熱志を先導にして階段を下りた。

 万が一の囮と盾役を引き受けてくれたので感謝した。


「気を付けろよ」

「分かってるって。おっ、光が見えて来たぞ!」


 確かに薄っすらと光が見えていた。

 階層が深くなるに連れて暗くなると思っていたが、如何やら違うようだ。


「もしかしたら外に繋がってるかもね!」

「そんなわけが無いだろ」

「もう、ちょっとは夢見ようよ!」

「これは夢でも何でもないだろ」


 名梨の冷めたツッコミにもめげなかった。

 楓は頬を膨らましてむくれてしまった。

 しかし微妙な女心を解らない名梨が理解できる訳もなかった。


「何やっているんだ」

「そうだよ楓。馬鹿なことはしない」

「名、名梨君だけじゃなくてヴラドちゃんまでここまで似てる何て……」


 楓はびっくりしていた。

 ここまで似ていると本当に兄妹なのではと疑いを掛けたくなったが、顔や肌の色が似ていなかったので、兄妹では無いことは一目瞭然いちもくりょうぜんだった。


 とは言え、異母兄妹の可能性もあった。

 楓は絶対にありえない可能性を最大限に考慮しつつ、結局ポイ捨てしてしまった。


「まあ良いよね。似てても」

「「はぁ?」」


 楓の急な切り返しに、名梨とヴラドは首を捻った。

その間、熱志は周りの警戒をしてくれた。こういう時の熱志は頼りになった。


「それじゃ行こうぜ。まずはポータルを探すか」

「そうだな。とは言えポータルはどんな見た目をしているんだ?」

「コレ」


 ヴラドは名梨に服の袖を引っ張った。

 手にはスマホを持っていた。

 一枚の写真を名梨達に見せた。


「コレがポータルか? メカメカしいな」

「ダンジョン調査課が設置したらしい。特にここは最下層まで用意してあるそう」

「……楽だな」


 完全に観光スポットとして取り上げようとしていた。

 ダンジョン感が少し薄れたものの形が分かって良かった。

 闇雲に探すことが無くなり、早速探してみようとしたのだが、名梨の足が止まった。


「近いな」


 名梨の視線の先を楓は追いかけた。

 明らかに人工物でありながら、淡い青白い光を常に放ち続ける機械が地面に設置されていた。


「まさかとは思うがコイツじゃねえよな?」

「ううん。多分コレだよ。だってほら!」


 有刺鉄線の柵の前に置いてあったものと同じ認証装置が取り付けられていた。

 如何やら生体認証だけではなく、ポータル感を飛ぶために設定が必要になるようだ。


 地面に丸い機械が置かれていた。

 青白い光がトランポリンの中央のように展開し、淡いはずの光がネオン灯のように眩かった。


「SFの世界かよ」

「確かにコレだと転移できそうだな」


 何となく信用できた。

 そもそも信用しないと下層に行くに連れて、行きも帰りも地獄になると分かっていた。

 だから名梨達はそれぞれ思うところがあったが、全員生体認証を完了させ、ポータルを登録しておいた。

 これで地上からでも一気に第二階層に飛べるようだ。


「本当でコレで行けるのか?」

「さあな。とりあえずこれでやりたいことは済ませた」

「んじゃ早速配信しようぜ!」


 熱志は目の色を変えた。

 ようやく配信が開始できるので気合を入れ直した。


 楓もガッツポーズを取り、配信の心構えを見せた。

 その中で名梨とヴラドの二人はカメラ外に非難した。


「って、ちょいちょいちょいちょーい! 何やってんの二人してさー」

「俺はいい」

「私も映る気ない」


 ビジュアルの良い二人が揃って出演NGを出した。

 いつものことではあったが熱志はツッコミを入れたくて仕方なかった。

 けれどここまで来てそれは無いと思い、最終手段をぶつけた。

 そう、今ここには楓が居るのだ。


「それじゃあ楓さん、お願いします!」

「二人とも一緒に出ようよ。どのみち出ることになるんだからさ!」


 楓は名梨とヴラドの手を握った。

 温かい手だったが、そのままカメラドローンの画角に引き釣り出されてしまい、熱志はにやりと笑みを浮かべた。

 如何やら配信を同時に開始したらしく、カメラ外に逃げる前には二人の姿はばっちり映ってしまった。

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