第71話 龍登りを見に行くことになった。

 ガタガタガタガターー


 名梨は電車に揺られていた。

 目指すは奥々多摩駅。そこまでは電車で一本で行けるように、ダンジョンができた後も整備されていた。


 しかし残念なことに利用客はほとんどいなかった。

 かつて奥多摩は自然豊かで避暑地としても使われていた。

 とは言え今は違う。何故ならダンジョンによって侵食されてしまったからだ。


 もちろん名梨は足を運んだことはない。

 ダンジョンに侵食される前も同じだ。


 けれど奥々多摩は有名だ。

 何故なら自然豊かすぎて、モンスターも生息している。

 危険なハイキングダンジョンと言われていた。


「確か撮影禁止エリアだったな」


 名梨は今日はカメラドローンを持参していなかった。

 と言うのも、奥々多摩のダンジョンには未知の領域が広すぎて危険極まりなかった。


 おまけに広すぎるがあまり、柵なども用意できない。

 そのためできる限り人の出入りが減るようにカメラドローンなどのような配信機器での公表が避けられていた。


「まあ仕方ないか」


 とは言え実際問題、誰でも入れてしまった。

 そのせいで毎年命を落とす人が少なくはなかった。


 しかもモンスターがダンジョンの外に出てくることもあった。

 モンスター避けにたくさん用意されているはずだが、それでも突破してくることがあった。


 そのため奥々多摩は今や群雄割拠していた。

 もちろん人間ではなく、モンスターの間である。


「まあ今日行く場所は違うんだが……」


 名梨は電車の窓から外を見た。

 車窓の向こうには木々が生い茂っていた。


 立派な木々だ。太陽光を受け止め、葉が濃い緑色になっている。

 しかも数も尋常じゃなく、落葉樹がかなり発達していた。


 下の方を見れば川が流れていた。

 綺麗な川には空き缶のようなゴミもなく、とことん綺麗だ。


「良いな。自然豊かで」


 空気もきっと美味いんだろうと思った。

 もちろん空気の味なんて分かるはずもないので、きっもそんな感じだろうと予想するだけでしかない。


 *


 電車が止まった。どうやら終点のようだ。

 それもそのはずこの先に線路が続いていなかった。

 何故ならこの先は近づいては行けないデッドラインとしての側面があった。


「降りるか」


 この間の新宿駅とはまた違ったニオイがした。

 何処となく木の香りが強かった。

 見てみれば駅のホームに蔦が入り込んでいた。


「凄いな。本物か」


 名梨は触ってみようとした。

 しかし反撃を食らっては敵わないので、触れようとした瞬間に芽生えた冒険心を捨てた。


 いつものドライな反応になる。

 無表情で瞳孔も動かさない。


 正面を向いたまままともに首も動かしていない。

 完全に気の抜けた人形のように様変わりした。


「行くか」


 そろそろホームの外に出てみる。

 ここまで楓とは会わなかったが、もしかしたらまだ来ないのかもしれない。


 楓は売れっ子だ。学業優先とは言え、休みの日にもなかなか時間が空けられない。

 そう思った名梨はしばらく外の空気でも吸って待つことにした。何、次の電車は一時間後だ。


「外は……こっちか」


 名梨は外に出てみた。

 するとたくさんの木々が芽吹き、生い茂っていた。


 生命の偉大さを感じた。

 自然と「おお」と声を出してしまう。


「凄い木だな。しかもベンチもあるのか」


 こんな大自然を目の前にすることができた。

 しかも円形のベンチまで用意されていて、和やかだった。


 中央には木が生えていて、葉っぱが木影を作る。

 座って待とうとした名梨だが、人影を見つけた。


「楓か?」

「あっ、名梨くんおはよう!」


 そこに居たのは楓だった。

 まさかこんなにも早く来ているとは思いもよらず、名梨は悪い気がした。


「悪い。遅れた」

「ううん。私が楽しみすぎて一本早く来ちゃっただけだよ」

「そ、そうか? ってことは十分前だな」

「うんうん。ここって変な時間だよね。次は一時間後なのに、その次は二十分後だよ?」

「ついでだろうな」


 楓が明るく話す一方で、名梨はとにかく冷たい。

 だけどそれが名梨なので特に口出ししない。


「それより行くんだろ?」

「うん。それじゃあ行こっか! よっと」


 楓はベンチから立ち上がった。

 身軽な軽装備だが、滑りにくい靴を履いて来ていた。


「今日は何処に行くんだ?」

「龍登りを見に行くんだよ」

「龍登り?」


 名梨は質問した。

 何処に行くのか知らないからだ。


 すると楓は明るく答えた。

 ウキウキランランとした雰囲気で、謎の名称を吐いた。


「何だこれ?」

「ほら、今度ゴールデンウィークでしょ? 端午の節句ってことで丁度いいと思ったんだ!」


 楓は自分にはあまり関係のないことでも楽しそうだった。

 しかしながら龍登りという名称が気になってしまった。


 鯉幟なら聞いたことがあるのだが、龍登りは知らない。

 誰しも思うことで、名梨は気になる。


「龍登りというのはアレか? 龍が滝でも登るのか?」

「Tha't right! 正解だよ」


 すると楓は振り返って、ひとさしゆびで銃を作った。

 どうやら正解のようだが、そんなことが本当にあるのだろうか?


 たとえばダンジョンの中なのであり得るかもしれないが、それはそれで配信にできないのがもったいなかった。

 色々と気掛かりはあるのだが、名梨は気分を落とさせないように、楓には何も言わず後ろを付いて歩いた。

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