第35話 その正体は……
ナナシー達はそれから新宿大農園を探索していた。
カメラ越しで見える景色はほとんど変化は無く、コメントではbotとカエデの雑談に対するものになっていた。
「うーん、みんなは行ったことあるかな? 荒陽市の北側にある不湯味屋の湯豆腐。とっても美味しいんだよ。特に豆乳と豆腐のダブル大豆セットがちょっと味やにがりの量が変えてあって絶品なんだ」
「そんなのあるんだな。ナナシー、今度食べに行かないか?」
それは美味そうだとナナシーも思った。
しかしコクコクと首を縦に振るだけで、声は一切出さなかった。
カメラドローンやピンマイクはより音の吸音率を改造して変化してあった。
ナナシーは一応ミュートにしていたが声が入る可能性もゼロではないので声を出さな刈った。
そのことに不満を抱いたカエデはナナシーに声を掛けた。
「ナナシー君。もっと喋ろうよ!」
「……」
「お話しするの楽しいよ。みんなもナナシーの声聞きたいんだよ!」
「……」
「もう、釣れないなー。やっぱりモンスターが出てこないと喋らないの?」
それは待ち望んでいなかった。
緊急事態になればナナシーも戦闘に加わる羽目になると思ったからだ。
正直今回はbotが前衛にいてくれるので、ナナシーは戦わなくても良いと思っていた。
そもそもここに来た目的に
「いや、そんなこと無いと思うけどな」
「そうなの?」
「この顔は……何か一人解ったっぽい顔だ。……カエデを見てるってことは……分らん」
そこまで言い当てることができて分からないのがbotだった。
ナナシーは無言を貫き、畑を見回していた。
埋まっているのはこの時期だと辛い大根だ。
畝を触ってみると水分が足りず、ボロボロと崩れてしまった。
「如何したんだよナナシー」
「……」
(これは一体……いや、やっぱりそうか。確信した)
ナナシーはあまり信じたくは無かった。
けれど確信ができたので、ナナシーの表情が硬くなった。
「やっぱ如何したんだよ、ナナシー!?」
「bot君、落ち着いて。ナナシー君、何が分かったの?」
「……」
「な、何で睨むのかな?」
ナナシーはカエデを睨みつけた。
カエデは引き攣った表情を浮かべたが、その目は笑っていなかった。
もしかして反省していないのかもしれなかった。
(まあ、誰のせいでもないんだが……ん?)
ナナシーの表情が地面を見たまま硬くなった。
畝がプルプルしていた。もしかして動いているのかと、ナナシーは警戒した。
「気を付けろ!」
ナナシーは咄嗟に叫んだ。
しかし遅かった。急に地面が激しく揺れ出し、足下が不安定になった。
ゴトッ!
持っていたビデオカメラが落っこちた。
振動に揺すられて手元から離れていったが、ナナシーは全く気にしなかった。
「な、何だよ急に!」
「分からない。だがこれは……」
ナナシーは嫌な予感が当たってしまったと嘆いた。
するとカエデが指を指して叫んだ。
「見て!」
右手の人差し指がピンと空を指さしていた。
しかし地面に大きな影が落ち、先まで見えていた青空が欠けてしまった。
ナナシー達の視界にははっきりと映り込んでいた。
もちろんカメラドローンのAIは生きているので、配信上でその存在を明るみにした。
「う、嘘だろ……」
「気色悪いな」
botとナナシーは表情を曇らせた。
しかしカエデだけは知っていたのですぐさま体勢を取り直し、ナナシーとbotに叫んだ。
「みんな、コレが土壌の王だよ!」
そんなこと、誰が見たって一目で判った。
コメント欄でも騒然としていて目を背ける人も居るはずだ。
何故なら現れたのは——
「ただの巨大なミミズじゃねえか!」
botは土壌の王を的確に一言で伝えた。
現れたのはとてつもなくデカいミミズだった。まさしく土の竜の王様、土壌を活性化させる王に相応しい異名だった。
全長は推定三十メートル。
その圧巻の巨体だけに留まらず、
“き、キモい!”
“おい、何で配信でOK何だよ!”
“これが土壌の王……”
“Σ(゜Д゜)”
確かに配信ではモザイクが掛かることなく完璧の乗っていた。
環境省か何かが働きを掛けているようで、巨大なミミズがデカデカと映し出されていた。
「は、反応に困るな」
「如何するカエデ」
相手はミミズだ。取って食ったりはしないだろう。
だがこれだけの巨体、動きは鈍いかもしれないが危険ではあった。
「とりあえず下がろっか」
「はぁ? 倒すんじゃねえのかよ」
「うーん。別に……」
カエデは上で組みをして言葉に悩んだ。
ナナシーは言いたいことを瞬時に理解したが、botは首を捻った。
「とりあえず土壌の王は見つかったけど、この後が問題何だよね」
「何が問題なんだよ」
「それは周りの土がね……えっ?」
急に影が落ちて来た。
視線をチラリと配ると、ミミズがカエデに落ちて来た。
カエデの一瞬思考が停止したが、すぐに体が前へと突き動かされた。
「うぉっと!」
カエデは前転をしながら軽やかに受け身を取った。
しかしミミズの方がまだ早く、カエデは利き足を引いて走ろうとした。
「「カエデ!」」
先に距離と取っていたナナシーとbotが叫んだ。
見ればbotは軍手を外していていつでも能力を使えるようにしていた。
ナナシーもカエデを助けるべく、カメラに映ることも気にせずに手を差し伸べた。
お互いに手を伸ばすと指と指を絡めて離さないようにしっかり掴み、筋力とばねで引き寄せた。
「カエデ!」
「ナナシー君!」
ズドォォォォォォォォォォン!
土埃が舞った。地面を砕くような強烈な音が響いた。
硬い土の欠片が舞い上がった土埃と一緒に降りかかった。
「危ねえ!」
botはナナシー達の前に立ち炎の壁を作った。
地面に手を添えて、亀裂から炎の壁が噴き上がった。
危うくやられるところだったが、botのおかげで二人は無事だった。
「大丈夫か?」
「うん。……でもおかしいな。土壌の王が攻撃して来るなんて、ダンジョン調査課で調べたのにそんな記述無かったよ」
「んじゃ最新情報だな。このままぶっ倒すぞ!」
botは拳を合わせた。カエデは情報と違うことに錯綜した。
しかしナナシーだけは少し先を考えていた。
今のは攻撃ではないのではと、想像していた。
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