第37話 倒しきったら駄目だよ!
「ナナシー君。完全に倒したら駄目だよ」
「分かっている」
カエデはナナシーに忠告した。
しかしナナシーは分かっていたことなので、続け様に土壌の王に近づくと拳を軽く叩き込んだ。
ブニョ!
拳が土壌の王の体にめり込んだ。
けれどパンチ力が完全に殺され、ダメージが分散してしまった。
それでもほんの少しだけ土壌の王を動かすことができた。
大きな体が他の畝を粉々に破壊したがまるで微動だにしなかった。
「くっ……」
「やっぱりパンチ力が足りないのかな? こうなったら私も……♪Are You Ready♪!」
カエデはいつもの口調とは違うフレーズを口にした。
歌詞としては良くあるものなのだが、何かが違った。
ふと視線を向ければ、カエデの指先が震えていた。
カエデの能力は歌による万能強化。その効力は自分にも及ぶようだ。
けれど今のところ自分に対して明確な強化が働いたのは先程の攻撃回避だけだった。
ナナシーの視線に入ったカエデは先程とは訳が違い、まるで
「カエデ?」
ナナシーは首を捻った。
しかし疑問は一瞬で砕かれた。
カエデがメロディーを口ずさんだ。
本作サイトの最初に出て来る簡単な英語だった。
けれど確かに能力は発動した。
指先に集めていた風が一つになり、土壌の王を襲ったのだ。
「♪The Wind Beats♪」
土壌の王の体がめり込んだ。
かと思えばすぐに元に戻り、せいぜい少し吹き飛ばすのが限界だった。
「やっぱり威力が足りないよー」
カエデが落ち込んでぐにゃりとなった。
しかしコメント欄ではカエデの活躍を褒めていた。
“おい、急にミミズが吹き飛んだぞ!”
“どんなパワーなんだよ。単純に凄くね?”
“カッコいい!”
“突然の英語パートには驚いたけど意味あるのかな?”
確かにナナシーも同じことを思った。
カエデは突然日本語の歌詞から英語の歌詞に変えたのだ。
わざわざ英語のフレーズを
「カエデ、急に英語のフレーズを口ずさんだな」
「うん。英語のフレーズは私だけが私の能力の影響を受けるの。だから……
ナナシーは流石に強いと思った。
それにしては先程の攻撃はあまりに貧弱過ぎた。
表情に影を落としていたのでもしかしたらと思ったが、今は何も言わないことにした。
言っても仕方のないことで、本人が一番気が付いていた。
「カエデ。俺とbotを強化しろ」
「えっ?」
「早くしろ。アイツは俺達で如何にかする」
ナナシーはbotの顔色を窺った。
準備体操をしていつでも行ける用意をしていた。
「よっしゃ。何か分らんけどとにかくやるぜ!」
「倒すなよ」
「わあったよ。んじゃ、カエデ頼むな」
ナナシーとbotはカエデに頼んだ。
何故かカエデは涙を浮かべていたが、「うん」と柔らかく答えた。
「それじゃあ行くよ。♪蒼天に光指す勇気の一滴は、世界を変えてしまうのです♪」
カエデはにこりと笑みを浮かべた。
配信用のカメラドローンにウインクがばっちり映ると、コメントが盛り上がった。
“やっぱ可愛い!”
“さっきの涙も良かったけど、笑っている時の方が素敵!”
“もっと歌って!”
“ちな、コレなにしたらOKなやつ?”
コメントでも二分されていた。
一方はカエデの可愛さのことに追求し、もう一つは目的に対しての疑問だった。
けれどそんなこと、今は如何だってよかった。
カエデはナナシーとbotと一緒で良かったと胸を撫で下ろしたのだ。
「二人とも土壌の王の腸の部分を狙って。私もここから援護するから」
「「ああ」」
ナナシーとbotは距離を詰めた。
炎を纏った拳を土壌の王に思いっきり叩き込み、botはダメージを与えた。
「如何だぁ!」
渾身の一撃を食らっても土壌の王は全くびくともしなかった。
相変わらず動きが鈍く、畝を次々と破壊した。
「うわぁ、マジやべえって。畝壊しまくってるって!」
「問題無い。ふぅ……」
ナナシーは思いっきり息を吸い込んだ。
更には腕の皮膚を引っ張り、奥歯を噛んだ。
すると突然、botとカエデの頭にノイズが走った。
「「また……ん?」」
その瞬間の記憶が二人には無かった。
もちろんコメントを観ている視聴者にも無かった。
けれどナナシーだけはその間も平然としており、拳を連続で叩き込んだ。
「とりあえず食らっとけ!」
ミミズの腸が何処にあるのかは知らなかった。
とりあえず色々殴ってみて調子を測ると、一ヶ所だけ硬いものを感じた。
「ここか?」
ナナシーは違和感を感じた。
もう一度ノイズを生み出し、botのように肘を引いた。
「お前が攻撃してこないからダメージは無いが……食らえ!」
ナナシーはいつものらしさがさっぱりなかった。
ダンジョンと薬の効能によって心拍数が跳ね上がり、ボルテージが高鳴った。
(ボルテージが高鳴るって何だ?)
ナナシーは拳を叩き込んだ。
綺麗な正拳突きを打ち込むと、土壌の王の体がぐにゃりと凹んだ。
「はぁ?」
ナナシーは表情を歪めた。
土壌の王の体がぐにゃりと凹んだ後、急にボン! と元に戻った。
「ちょい待て、嘘だろ!」
ナナシーの体が急な空気圧によって弾かれた。
今まで蓄積していた分がナナシーに叩き込まれ体が吹き飛ばされた。
「♪吹きすさぶ風のように私を包み込んで♪!」
カエデはフレーズを口ずさみ、歌を歌った。
風が幕を張りナナシーのことを受け止めた。
それと同時にノイズも完全に止み、カエデとbotの意識が正常になった。
「ううっ、助かったカエデ」
「う、うん……咄嗟だったからごめんね」
ナナシーは畝の上に仰向けになっていた。
ボロボロと畝が崩れ衝撃を分散してくれたおかげでナナシーは助かった。
「おいおい何だよ。今のノイズも衝撃波も……おい、何か吐いたぞ!」
すると土壌の王は何かを吐き出した。
ドロドロの唾液に包まれたオレンジ色の塊が地面に落っこちた。
「な、何だコレ?」
botが近づいてみると、地面に魔石が落ちていた。
拾いたくないと思い表情を歪めたが、如何やら土壌の王の体から出て来たらしい。
「カエデ、アレは……」
「多分そうだよ。ってことは……」
カエデの表情がパッと明るくなった。
先程まで動きが鈍かったはずの土壌の王が急に伸縮し始め、動きが活発になっていた。
「動きが良くなったな」
「そうだね。これできっとこの農場も良くなるね!」
カエデが手を出した。ハイタッチをしたいようだ。
ナナシーは軽く右手を出すと、カエデと手を合わせた。
「イェイ!」
パチン!
お互いの手がパチン! と音を立てて触れた。
ナナシーは何とも思わずドライな表情を浮かべたが、カエデはとても嬉しそうにしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます