第4話 ダンジョン行こうぜ!

 宮本熱志は昔からとにかく行動力に著しく突出した性格の持ち主だった。

 曲がったことが大嫌いで、とにかく熱く燃えるような男。

 それが宮本熱志の持つ才能だ。


 名梨とは昔からの知り合いだ。

 実家は都内ではないが幼少の頃から家の都合で都内に度々訪れていた名梨は仲の良い友達など当然いなかったのでいつも一人ぼっちだった。


 元々一人でも気にならない性格の名梨だったが、ある日公園で一人ブランコを漕いでいると急に話かけられた。

 そこに居たのは、頬に絆創膏を貼った如何にも元気な少年。

 赤みが掛かった茶髪とタンクトップが特徴的だった。


「何やってんの?」

「……別に」


 名梨は基本ドライな性格だった。

 人付き合いが苦手なわけでもましてや嫌いなわけでもない。

 単純に自分からは極力喋りたくないだけだった。


 ちゃんと自分を持っているところや他人に優しく接することができるのは名梨の性格。

 そのせいで基本的に謙虚な立ち位置になることが多い。

 昔からその性格は表に出ていて、この時も見て解ることを聞かれたので「別に」と答えただけだった。


 けれど熱志は空気を読んだりしない。

 とにかく突っ走る熱い性格の熱しにとってそれは由々しき事態だった。

 一人で居る奴が居たら放って置けない。それが時に空回りすることだとしても、熱志にとっては悪気がない。


「一人じゃつまんないだろ。向こうに行ってみんなで遊ぼうぜ!」

「別にいいよ。俺、こっちで友達いないから」

「こっち? ははーん、お前友達いねえんだ」

「……別に必要じゃないから」

「おいおいそれじゃつまんねえよ。んじゃ俺と友達になろうぜ、それがいい!」

「はっ?」


 名梨は首を捻った。

 しかし熱志は勝手に納得してしまい、名梨の声など耳に入らない。


 むしろ勝手な行動は暴走して、名梨の乗るブランコの後ろに付くと、勢いよく背中を押した。

 加速を付けてもっと高くもっと速く漕ごうとしている。


「それじゃあもっと高いところまで行こうぜ!」

「はっ? 何言ってんの?」

「それじゃあ行くぜ。せーのっ!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 名梨は熱志に背中を思いっきり押された。

 するとブランコが振り子の原理で高い位置まで上がり、もの凄い速さで戻ってくる。

 地面が見えた。やっと止まれる。

 頑張ってブレーキを掛けようとした名梨だったが、それよりも早く名梨の背中を再び熱志が押した。


「それじゃあもう一回!」

「ちょっと待ってって、止めてよ早く!」


 名梨の声は振り子に合わせて吹く風の勢いに殺されて熱志の耳には全く入らない。

 最初は怖いと思ってブランコの鎖を強く握っていた名梨だったが、次第に慣れてきた。

 熱志が押さなくても振り子だけでより高い位置にまで身体が跳ね上がる。

 その感覚がとても気持ちよくて、暗い気持ちと一緒に吹き飛ぶ。


「ちょっと楽しいかも」

「だろ?」


 名梨が嬉しそうに笑みを浮かべると、隣には熱志の顔があった。

 危ないと解っていて立ち漕ぎをしている。

 それでも楽しそうなのは“怖い”を知らない熱志だからだ。

 “怖さ”も“楽しさ”にしてしまえる。それが熱志だった。


「なあ、お前なんかスポーツやってんの?」

「やってないけど」

「もったいないなー。お前の筋肉の付き方、絶対運動した方が良いって」

「疲れるのは嫌いじゃないけど、わざわざするほどでもないからやらない」


 熱志の熱い勧誘にもドライな対応で切り返す名梨。

 釣れない反応に口を尖らせる熱志だったが、名梨が少しだけ楽しそうにしていて何よりだった。


 それが二人の出会い。

 そして今二人は……


「んじゃ頂くぜ!」

「結局お前が食うのかよ」


 熱志は牛丼を頬張っていた。

 完全にご飯を食べるために名梨の家にやって来た気がする。

 ましてや名梨が食べるはずだった分の牛丼すら狙っている節がある。

 完全に牛丼を食べる口実として買って来たとしか思えない。


「いいだろ別に。あがっ……ぐがっ、あっあっ、ぬなしのふぁんぶんくってもいっかぁ?」

「何て?」

「名梨の半分食ってもいいか?」

「やらない。これは俺の分だ」


 名梨は小食だけどそれは普段からあまり食べなくても体が保つだけの話で、食べられないくらい胃が小さいわけじゃない。

 袋の中に入っていた割り箸を割り、ご飯と牛丼をまとめて口に運ぶ。

 少し肉の量が減っている気がしたが、生卵を落とせば味もボリュームアップして美味しく食べられる。


「いいな生卵。俺にもくれよ」

「自分で買って来い。ここから徒歩五分にコンビニがあるから」

「えー、ケチだなー」

「ケチとかじゃないだろ。それでこんな時間に何の用だ?」

「はぁ?」

「はぁ? じゃないだろ。まさか牛丼を食べるためだけに来たとか言うなよ。流石にそれだとお前が俺に託した動画素材全部無編集で送り返してやるからな」


 名梨はジト目になって熱志を睨みつけた。

 普段はあまり喋りたがらないはずの名梨も早口になっている。


 すると額や蟀谷こめかみからダラダラと汗が流れ始め、顔色が明らかに悪くなる。

 牛丼を口に運ぶ手が止まり、視線が右往左往し始めた。


「……すんませんでしたぁ! 流石にそれだけは勘弁してくださぃ!」

「本当は自分でやるべきなんだぞ」

「いやだってさ、お前の方が編集も上手い上に速いだろ? それに編集ソフトも自分で作っているみたいでUIは解りやすいんだけどさ、お前みたいにパパッと編集何てできねえよ!」

「それをやれとは言わない。だが少しぐらいはやればいいだろ?」

「お願いしゃす!」


 熱志は土下座までする始末だった。

 名梨は唖然として口をポカンと開けてしまう。


 しかし熱志が凝りていないのは見ての通りだ。

 見せかけの土下座だとすぐに気が付き、トドメの一言を伝える。


「とりあえず三百ギガくらい編集前の素材があるからな。お前のPCに送っておくよ」

「そ、それだけは勘弁して下さぁーい!」


 熱志は土下座したまま叫び散らかした。

 けれど名梨の目が笑っていないことに恐怖を感じ、素早く今日来た目的を話した。

 俺の怒りの沸点は低くないので、そろそろ頃合いだと思ったのだろう。


「目的はあるんだ。名梨、俺と一緒にダンジョンに行ってくれないか?」


 突然何を言い出すんだと名梨は思った。

 突拍子もないことを言われて、首を捻るのも仕方がない。


 しかし熱志は大真面目らしいく、目の奥がキラキラしている。

 まるで子供のソレで、何処からともなく溢れ出す好奇心の塊の様だった。


「ダンジョン?」


 しかし名梨は話に乗らない。むしろ乗ることができなかった。

 熱志の口から飛び出した“ダンジョン”とは何を指す言葉なのか。

 ゲームや小説の中でしか普段聞いたことのない単語ワードに頭を悩ます名梨だったが、熱志は熱く語り始める。


「名梨も配信者なら知っているだろ」

「知らない」

「今から十年くらい前に突然現れた未知の世界。ファンタジーの世界が広がっているって噂。その発端がダンジョンなんだ」

「……ああ、あったな。今思い出した」


 名梨は本当に忘れていた。

 熱志が言い出すまで記憶の奥の方に忘れる形で眠っていたソレを引っ張り出し、ポンと手を叩いた。


「アレって本当にあったんだな。都市伝説かと思ってた」

「少しは情報のアンテナをビシバシ立てろよ。じゃないとこの情報社会で乗り遅れるぞ」

「いや、別に興味ない」

「ドライだなー。ほんとドライ。そんなんじゃつまんないぞ」


 熱志は名梨のドライさにがっかりした。

 顔を手で覆い、大きな溜息をついたことを必死に隠していたが、流石に目の前でやられるといくら隠しても分かってしまう名梨だった。

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