エピローグ/一つの区切り

第68話 終わりよければ乾杯しましょう

 名梨達はスタジオに帰ってきた。

 もちろんココロエプロジェクトが借りているスタジオで、撮影用の機材などが丁寧に保管されていた。


 普段はここを作業スペース兼撮影スペースに使うところを今回は違うことに使う。


 丁寧に並べられた機材を避け、カメラなども回さずに片付けてしまう。


 空いたスペースは広々としていて、四人で使うには十分すぎる。

 早速大きめのテーブルを名梨と熱志の二人で運び、空いたスペースの中央に置いた。


「ゆっくり下すぞー、せーのっ!」

「よっ!」


 なかなかに重ための机だ。

 形は長方形で素材は檜。良い匂いがする。

 しかも大人数で使うことに適している。


 まさか間違えて買ったまま、長らく奥の部屋で放置されていたはずが、役に立つとは思わなかった。


 隅っこに立て掛けられていて、ぽつねんとしていて寂しそうだったので、使ってあげられてホッと胸の棘が取れてくれる。


「名梨は結構気にする系だよな」

「気にしたら駄目なのか?」

「駄目ってわけじゃねぇけどよ。もっと堂々としたらどうだ?」

「お前みたいに慣れってことか? 冗談じゃない」


 名梨は熱志に茶化されてムキになった。

 するとキッチンの方から声が聞こえた。

 やって来たのは楓とヴラドの二人。手には白いお皿を持ち、その上に大量の揚げ物が乗っていた。


 付け合わせのレタスやトマトも用意されている。

 かたわらにはレモンが一欠片置いてあり、爪楊枝も人数分刺さっていた。


「みんなお待たせー。うわぁ、凄く立派な机だね!」

「本当。こんなのがあったんだな」


 楓とヴラドは真っ先に机へと目が行く。

 ほぼ新品同様で、表面には薄らと埃が付いている程度だ。


 軽く濡れタオルで拭き取ると、コーティングされた表面が色濃く出る。

 楓は瞬きを何度かして、釉薬ゆうやくが塗ってあることに気が付く。


「これってうるしが塗ってあるの?」

「さあな。けど光沢がある」


 多分新品未使用だから光沢が出ているだけ。

 オチを言ったらそれまでで、ヴラドは興味がないので机の上に皿を置いた。


「そんなのいいから」

「あっ!」


 唐揚げの油が机の上に飛んだ。

 さっきまで光沢があった机が、油で汚れた。

 楓は無関心なヴラドに怒った。


「ヴラドちゃん、もう少しこのピカピカを堪能しようよ!」

「ピカピカを堪能?」

「無関心で無神経なのも考えものだよ?」

「学校ではしないから」

「そう言う問題じゃなくて……」


 楓はグデーンと体を倒した。

 しかし名梨は気が付いていた。

 学校ではしない・・・・・・・。つまり、気心が知れて・・・・・いるからできる・・・・・・・と言うことだ。

 つまりそれは嬉しいことのはずだった。


 けれど肝心の楓は気が付いておらず、熱志に至っては分かってすらいない。

 名梨は「はぁ」と溜息を付き、ヴラドの頭を撫でた。


「きゃっ!?」


 急に撫でられたヴラドは驚いて目を丸くする。

 可愛らしい声を上げ、瞬きをした。

 名梨の顔を見ながら、頬が赤く染まる。


「な、何!?」

「ありがとな」

「ど、如何したの?」


 ヴラドは褒められたので困惑した。

 熱志や楓も珍しく感謝を伝えた名梨に驚く。


「お、おい如何したんだよ名梨!」

「そうだよ。名梨君らしくないよ!」

「俺らしいって何だ? それを決めるのは俺個人だろ」

「感性だよ! 他人が見たイメージってこと! 今の名梨君は私達が知ってる名梨君よりも、何だかこう……楽しそうだった?」

「またはアレだな。生き生きしてたな」


 熱志と楓は本人が居る前で好き勝手言い出した。

 ウザったらしく感じた名梨は溜息を付き、フッとヴラドの頭から手を離す。


 ヴラドは「あっ……」と言い、少し寂しそうにした。

 うらめそうに熱志と楓を睨んでいる。

 二人は心当たりが無いようで、首を捻った。


 名梨は思った。

 二人も大概たいがい無神経だと。


「そんなことより祝勝会? するんだろ」


 名梨は話が脱線していたが自力で元に戻した。

 すると楓とヴラドが他にもたくさん盛り付けられた皿を運ぶ。


 唐揚げだけじゃなかった。

 健康思想の鳥ササミやコールスローサラダ。

 パーティーには似合わないシジミの味噌汁が登場する。


「な、何か微妙だな」

「そうか? 俺は好きだけど」


 熱志は唇を曲げた。

 微妙な表情を浮かべていたが、名梨は喜んだ。

 特にシジミの味噌汁が良かった。


「ふふん。私とヴラドちゃんで作ったんだよ」

「頑張った」


 それを聞くと熱志は大喜びした。

 少女にご飯を作って貰ったことが嬉しかったのだと、名梨は想像した。


「それじゃあ食べるか」

「ちょいちょいちょい待ちよ! 早いって、名梨は。いつももう少し間を置くだろ?」

「そうか?」

「誰よりも楽しそうだぞ」


 熱志に言われていつもならすぐに否定するはずの名梨だが、何故か黙っていた。

 すると口元をにやけさせ、少しだけ笑みを浮かべる。


「そうかもな」


 名梨がそう答えると、熱志達は全員驚く。

 目を見開いて名梨を心配した。


「おいおい如何してんだよ名梨!」

「名梨君大丈夫? 熱があるの?」

「心配」


 何故か名梨は心配されてしまった。

 いつもはドライなはずの名梨が楽しそうにしたことがそんなに珍しかったらしい。


「俺が楽しそうにしたら駄目なのか?」


 名梨は不服そうに口にする。

 するといつものドライ目に戻り、熱志達はマズいと思った。


 せっかく楽しそうにしていた名梨の心を沈めてしまった。

 けれど確かなことがある。名梨はダンジョンに行くようになってから、ほんの少しだけ変わった。


 何処か楽しそうで、友達もたくさんできた。

 そのおかげかドライな性格の中にウエットな性格が混じっていた。


 その断片は普段から見られていた。

 けれどはっきりと明確になったのはごく最近で、ダンジョンには人の性格を変える効果があるらしい。


「まあいい兆候じゃね?」

「そうだよ。これからももっともーっと頑張ろう!」

「名梨も」


 全員紙コップを手に取った。

 中には学生らしくコーラが入っている。


 ヴラドに促され名梨も紙コップを手に取った。

 全員の顔を一度見回し、名梨は告げる。


「そうだな。乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 紙コップを合わせた。

 チリーンと音はならなかった。

 だけどはっきりとするものもある。


 ココロエプロジェクトの活動はまだこれから。

 ダンジョン配信は何はともあれ楽しいと、心の底から自覚し、仲間同士の絆をより強める。


 それが一番の宝だと気が付くのはまだ先かも知れない。

 けれど今はまだ、分からなくてもよかった。

 まだ始まったばかりなのだから。

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