1章 ダンジョンってなに?
第2話 無言なゲーム配信者
パソコンのディスプレイを見ながら、少年は手元のコントローラーを操作していた。
指を弾く動きを取り入れながら、的確なタイミングでボタンを押す。
すると周囲を取り囲んでいたモンスター達をほぼ同時に倒してしまう。
ここまでの作業をほぼ無言。かつ淡々とこなしていた。
もう一つ用意しているパソコンのディスプレイには、十年ほど前に登場した配信サイトのライブ映像が映し出されている。
映像は少年が見ているディスプレイの映像が2秒程度遅延している。
そして横のコメ欄には大量のコメントが流れていた。
中には投げ銭付きコメントが表示されている。
赤い色をした5万以上の高額投げ銭が投下された。
しかし普通なら目を引くはずのそれを少年はガン無視する。
もちろん気が付いていてガン無視する。
それがこの少年、配信者ナナシーのスタンスだった。
“相変わらずの神業キタァー!”
“ナナシーさんのコメントスルー”
“恒例のチャット返信してぇー”
コメント欄が溢れ返る。
最初に来ていた投げ銭付きコメントは上の方で固まっていて、すでに後から観に来た人にはわからないレベルに重なっていた。
それを知ったナナシーはゲームプレイに支障が出ないギリギリの速度を的確に維持しながらキーボードを操作する。
超高速で打ち込まれたのはコメントをくれた人全員に向けてのお礼のメッセージだ。
“みんな今日もありがとう。また配信に来てくれたら嬉しいな”
ナナシーはそれだけ打ち込む。
無言でドライ。それがナナシーの魅力の一つなのだが、何よりも丁寧で上手い。
それがナナシーの成功の秘訣で、海外の方からも支持を貰っていた。
その結果は見ての通りで、たった一言コメントを返しただけにもかかわらず大量のコメントが毎度のことながら溢れる。
もちろん全員茶化しているわけでもなければ、中身の無いbotでもない。
ちゃんとナナシーのファンで、その中の三割は登録者だった。
じゃあ残りの七割は?
と言う疑問を受け付けないが、ナナシーはそれでも楽しく自由な配信を心掛けていた。
見れば次々にディスプレイ先の景色が変化する。
今遊んでいるRPGは最近発売されたばかりのもので、たくさんのゲーム実況者や配信者がプレイ動画や攻略動画、配信を毎日している。
しかし初日を逃し、結果的に一週間遅れでプレイしているナナシーは攻略サイトなどを一切見ることなく、初見で快進撃を続けていた。
現にコメント欄では凄まじい量のコメントが流れる。
“牛キタァ!!”
“第一のボスですね。弱点は鼻何ですけど気がつくかな?”
“いやいや行けるっしょ!”
“ちな、再送タイムは2分40秒らしいですね”
“初見です。神業が観られると聞いてきました”(500円)
ナナシーはコメントを一切見ない。
興味の欠片も示すことなく、淡々とディスプレイに映される赤い牛を倒す。
ナナシーの操る剣を持ったキャラクターは初期装備のまま。
全てのNPCに話しかけ、手に入れた情報を元に赤い牛の弱点を早々に見極めたのだ。
しかし恐ろしいのはそのタイムだった。
何と僅か2分。
圧倒的なスピードで倒せたのは、ナナシーの運と実力だ。
“はぁ?”
“たったの2分……だと”
“嘘だろ。チートだよな!”
“いいやファイアウォールが掛かってて、チートは不可能なはず。まさか実力!?”
コメント欄は騒然としている。
中にはトップゲーマーの人までコメントを残す始末で、砂嵐のような速度で上下する。
しかしナナシーは一切見ない。
見ているのは下に映し出されている時間だけで、既に二十時を回っていた。
もう少しやったら配信を切ろう。
そう思い二十一時をボーダーにする。
暇になったのでチラリとコメント欄を覗く。
すると質問が来ていた。
“質問です。ナナシーさんは顔出ししないんですか?”(1,200円)
投げ銭付きのコメントだった。
ナナシーは少し迷ってから返信をチャットに表示する。
ゲーム内チャットに突然映し出されたのは、質問へと回答。
もちろん答えはYESだった。
“今のところ顔出しはしません。理由は別に出す必要がないからです”
ゲーム配信者はゲームをしていればいい。
わざわざワイプで表情を出さなくても、プレイ映像だけを見たい人にとっては邪魔以外の何者でもないと思っていた。
ただしナナシーは少しだけ違った。
確かにワイプを出したくないのもあるが、別に身バレが怖くてワイプを出さないわけじゃない。
ナナシーが顔を出さないのは、無表情な顔を映さないためだ。
だってそんなものを観たって何も面白くない。
ナナシーにとってはそれが大きな理由であった。
すると次の質問に目が行った。
それも質問で、こっちの方がナナシーは返しやすかった。
“botさんとはゲームをしないんですか? ココロエプロジェクトさんのゲーム実況動画楽しみにしてます!”
その質問に対して、ナナシーはキーボードを軽く打ち込み、チャット欄で回答した。
“一応普段は遊んでいますよ。ただ、もう少し時間をください。botのネット環境だと少し機材を入れないとできないので”
するのコメント欄では楽しみなコメントがたくさん溢れる。
ナナシーは少し気前良くなった。
そこで少しだけ神業を視聴者に観せてあげる。
ナナシーの動かすキャラが今度は青い牛に遭遇した。
赤い牛よりも大きくて、剣のリーチでは届かない。
困った。このままなすすべもなくやられてしまうのか?
誰もがそう思うだろうが、ナナシーはキャラを操作して、剣を投げつけた。
すると青い牛の急所に突き刺さり、一瞬だけタイムラグが発生する。
その隙をついたナナシーは素早くスライドパットを上にずらし、ボタン操作で剣を回収して叩きつける。
青い牛のHPが大きく変動し、そのまま勢いで倒してしまった。
的確に急所だけを狙い、剣を突き刺し続けたことが考慮したのかもしれない。
“おいおい嘘だろ…”
“流石にこれはないな”
“で、でも……いやぁ、マジかぁ”
“青い牛は中ボスのはずなのにこんなあっさりって、やっぱスゲェな”
コメントが荒れる。
そこまで大したことはしていないつもりでいるナナシーは、首を捻ってしまった。
もちろんズルいことなんか何もしていない。
時々ナナシーは視聴者が驚くようなプレイを平気でやってしまう。
それがナナシーの凄いところで、ちょっと抜けているところでもあった。
ナナシーはコメントの荒れようなどまるで気にしていない様子で、淡々とゲーム画面に視線を戻してゲームに集中する。
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