第17話 灰色の犬? を倒して
ナナシーは少女の前に立っていた。
動けないでいる少女を庇うように立ち塞がり、灰色の犬型モンスターの攻撃に備えた。
「如何してそんなに真剣に……」
「俺は普段はドライだがやる時はやるぞ。少なくとも、俺の目の前で殺されそうになっている奴を助けることぐらいはするもんだろ」
「……カッコいい」
何がカッコいいのか、ナナシーには分からなかった。
本当にカッコいいというのは見ず知らずの人のために身銭を切ってでも助けられる人のことを言うとナナシーは勝手に思っていた。
しかし少女にとってはナナシーの方がカッコよく映っていた。
「とりあえずここはダンジョンの中だ。俺が負けることはない」
「凄い自信だね。私も何か……」
「怪我人は黙って見ていろ。とは言いたいが、できるだけ死なないように自分を守れれば助かる」
「任せて。私、動けなくても声さえ出れば戦えるんだよ! ♪胸に響く音が震わせる極限のハーモニー。さあ、勇気の剣を持ってLet’s 攻略♪」
急に少女が歌いだした。
すると空気が震え、ナナシーと少女の周りをオレンジ色の音符が飛び交う。
内側から力が漏れ出し、ナナシーは不思議な気分に包まれた。
「これは……」
「私の能力だよ。これで全力でやれるかな?」
「そうだな。……いつまで立ち尽くしているんだbot。いつまでも配信している場合じゃないだろ。お前も少しは揺動でもいいから役に立て。これは緊急事態だ。それとも何か、お前はこの程度のことで怖気づくような奴なのか?」
ナナシーは鋭い剣幕で捲し立て、botを煽った。
すると珍しく激しく喋るナナシーに感化され、botは「そうだな」と拳を合わせた。
「グルルルルルルルルルルゥ!」
灰色の犬型モンスターは顔を戻した。目の奥が怒りに満ちていた。
しかも犬が警戒するみたいにグルルと吠えていた。
もしかしたら本当に犬なのではと、ナナシーは思ってしまった。
「おい来るぞ!」
「わあってるよ! おらぁ!」
botは間に合わないと悟り、地面に手を付いた。
すると亀裂から炎が噴射して、ヤドカリの大群を焼き払った時と同じ技が発動した。
しかも今回はさっきよりも火力が出ている。Botの感情の高ぶりが最高潮に達し、メラメラと激しく燃えて壁を作った。
「グルルルルァッ!」
灰色の犬型モンスターは炎に阻まれて、一歩身引いた。
そうして炎を出している元凶を探しbotを見つけたが、botは自分の周りも炎の壁で覆っているので近づけないようにしていた。
念入りな対策の前に、灰色の犬型モンスターは何もすることができなかった。
「動きは止めたぜ、ナナシー。ちゃんと良いパンチ叩き込めよ!」
「間合いなら分かっている」
ナナシーはbotの炎で見事に釣られた犬型モンスターに拳を叩き込んだ。
先程よりも体が軽く、一発一発が重たかった。
「凄い凄い! これなら行けそうだね。♪もっともっと高く
少女がさらに歌を響かせた。
歌詞の一部分のフレーズのようだが、耳にしたナナシー達のポテンシャルをさらに引き上げた。
ドゴッ! ドガッ! ドドドォ!
ナナシーは鋭い拳による一撃や蹴りによる攻撃で着実にダメージを与えていた。
すると体を覆っている灰色が毛皮でなく鱗だと分かり、ボロボロと傷付いて剥がれて行った。
チャンスだと見たナナシーは傷口を抉るように同じ場所にだけ攻撃を集中させていく。
ダンジョンの中で身体能力が引き上げられ、歌によってポテンシャルも最高に発揮されている。
普段では考えられない生き生きとしたナナシーは、確実にモンスターを追い詰めていた。
「おらぁ!」
良いパンチが顔面にクリンヒットした。
しかも全身がボロボロで膝が地面に付いていた。
誰が見ても分かるが、十分以上の攻防によってナナシー達は有利に立った。
「はぁはぁ……流石に疲れるな」
「でももう少しで倒せそうだよ!」
少女はナナシーとbotを鼓舞した。
けれど少女の歌の効果でここまで追い詰めることができたので一概に二人だけの功績ではなかった。
しかもモンスターの方もまだやられたわけではなかった。
何度も殴られた犬型モンスターは口から唾液をダラダラと出しながら、ナナシー達を睨みつけた。
目の奥が真っ赤に染まり、狂気に満ちていた。
ナナシー達は一瞬だけ怯んだが、すかさず警戒し拳を構えた。
「おいおい、さっきよりもヤバそうじゃね?」
「そうだな。だが特にやることは変わら……なっ!」
犬型モンスターは先程よりも攻撃が速かった。
何も考えていないのか、ナナシー達の姿を捉えると首を伸ばして襲い掛かった。
あまりに突然のことだったので、ナナシーは目を見開いた。
体をのけ反らせ何とかしてbotの炎が邪魔にならないように距離を取った。
botも距離感から察し、もう一度炎の壁を展開したのだが——
「させるかよ!」
botは炎の壁を作り、ナナシーと少女を守ろうとした。
しかし炎の壁を荒々しさだけで無理やりこじ開けて、鋭い牙を剥き出しにした。
「嘘だろ! ヤバっ、ナナシー!」
「くそっ!」
このまま自分が避ければ後ろで倒れている少女が食われる。
そう思ったナナシーは瞬時に立ち止まり、避けることを止めた。
鋭い牙がナナシーの目の前まで迫り、咄嗟に左腕を差し出した。
ガブッ!
灰色の犬型モンスターがナナシーの左腕を思いっきり噛み付いた。
botと少女はマズいと思い、ナナシーを心配した。
「ナナシー!」
botは叫び遠距離攻撃を捨て、炎を拳に灯した。
左足を思いっきり引き、モンスターの顔をぶん殴ろうと接近した。
しかしナナシーは痛いのは痛いのだが、「好都合」と不気味な笑みを浮かべて笑った。
「噛み付いたな」
ナナシーは左腕を噛みつかれたにもかかわらず平気そうな顔をしていた。
その目の奥には禍々しい光が宿っていたが、少女もbotも見え隠れした恐怖に苛まれた。はずなのだが、何故か二人はそれ以上怯えることもなかった。
何故ならbotはそんなナナシーが珍しくてむしろ興奮していたからだ。
不意に足を止め、ナナシーに叫んだ。
「やっちまえ、ナナシー!」
「言われなくてもな。とっとと放せ!」
ナナシーは噛み付かれていない右腕を振り上げ、強烈な一撃を叩き込んだ。
その瞬間、ピキン! とノイズが走り、botや少女の意識が一瞬途絶えた。
しかしその間もナナシーだけは平気な顔をして、灰色の犬型モンスターの鼻先に拳を押し付け、そのまま壁に叩きつけた。
ドーン!
ノイズが切れた。
botと少女は壁に叩きつけられたモンスターの姿に驚愕した。
目を丸くして、意識がノイズにかき消された一瞬の間に何があったのか困惑したが、どれだけ意識に呼びかけてもその間の記憶がさっぱりだった。
「な、何が起きたんだ?」
「今、ほんの一瞬記憶が……ううっ、頭が痛い」
botと少女は意識にノイズが走り、記憶がかき消されたことを思い出せないでいた。
一体何があったのか。如何してそんな奇怪な体験をしたのか、二人は全く分からないでいた。
そのため、多分ダンジョンの作用だと納得のいく答えを見つけて、ナナシーのことを見た。
「ナナシー。大丈夫か?」
「ああ。問題はない」
ナナシーの噛み付かれた左腕が完璧に治っていた。
botは理解が追い付かず困惑し、ナナシーに尋ねた。
「ナナシー、その左腕は如何したんだよ。さっきまで噛み付かれていただぞ!」
「あっ、本当だな。治っているのか……凄いな」
ナナシーはこれが薬の効果だと実感した。
けれどbotや少女にはそんな効果が出ていないので、何かの能力ではないかと察した。
けれどそんなことすら忘れさせてしまうものがあった。
壁にめり込み、体がボロボロに崩れていくモンスター。如何やらこれ以上襲ってくることはないみたいだ。
「倒したんだな。ナナシーが」
「俺が倒したんじゃない、俺達が倒したんだ」
ナナシーは思っていたことを平気な口振りで喋った。
しかしbotはそれが妙に歯痒くて、頬を掻いていた。
「まあ、何だアレだな。こう言うのって気恥しいってのか?」
「ふん。こんなことでな」
「うるせぇよ! ああ、もう……って、見ろよナナシー!」
botはモンスターを指さした。
三人の視線が一斉に集まり、モンスターの体が青白い粒子に変わっていく幻想的な光景を目撃した。
さっきまで荒れ狂っていたはずのモンスターが大人しくなったかと思えば、一瞬でその姿を消し去ってしまった。これもダンジョンの仕様なのかと思うと、何となく綺麗だけで片付けてはいけない気がした。
味わったことのない感情と達成感を得たナナシー達は、灰色の犬型モンスターから生まれた魔石を拾い上げ、少しの間感傷に浸り、一息入れることにした。
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