第45話 臭いの正体はお酒ですか?
少女に肩を貸し、名梨は歩いていた。
とりあえずダンジョンの奥を目指して歩いてみたが、話が何も無いので刻々と時間だけが流れた。
(そう言えばコイツの名前は……)
名梨は名前が分からないので、コミュニケーションの取り方が分からなかった。
そこで自分から尋ねてみた。
珍しいこともあるものだ。
「お前名前は?」
「名前?」
「俺は名梨。梔名梨だ。お前は」
「私はヴラド。ヴラド・ルルナリア」
「呼び難いな」
「ヴラドでいい」
お互いの自己紹介はほどほどだった。
名前だけを言い合い呼び名を確認した。
ただそれだけなのに凄く疲れた。
名梨はコミュケーションが苦手ではないが面倒だと感じた。
ゆっくりダンジョンの奥を目指して進んだ。
その間モンスターの姿は一切無く、とても平和だった。
「モンスターの姿が無いな」
「当然。ここは元々ダンジョンじゃ無いから」
「年月がダンジョンに変えるのか?」
「魔力が溜まれば何処でもそう」
ヴラドの説明はとてもあっさりしていた。
そんな中、名梨は尋ねた。
「ヴラドはここが何処か分かるのか?」
「さあ」
「ここは西暦だ」
「西暦? 何それ」
「やっぱりか」
如何やらヴラドは何も分かっていなかった。
名梨の分からないのベクトルとはまた別のベクトルの話題だった。
「説明要るか?」
「欲しい」
「そうか」
名梨はある程度のことを説明した。
するとヴラドは表情を一切変えなかった。
話を聞いているのか聞いていないのか分からなかった。
少なくとも驚いてはいるようで、「ふぅーん」と唸っていた。
それは驚いているのか、側から見たら絶対に分からない。
けれど名梨は顔色を読むのが得意な方なので若干だけど意思疎通が取れた。
「なるほど。ここは違う世界」
「違う世界?」
「私の知る世界とは違う」
「そうだな」
もしかしたら寂しいのかもしれない。
けれど名梨には如何することもできない。
「ん? 奥が見えて来たぞ」
「そうみたい」
「何かあるな」
名梨凝視した。
ダンジョンの奥は壁になっていたが、何やら怪しげな木箱が置いてあった。
かなり大きな木箱だ。
上蓋が付いていて、押し上げるタイプだった。
「着いたぞ」
「木箱を開けてみて」
ヴラドはそう促した。
名梨は
「うっ、な、何だこの臭い……」
「血みたいでしょ」
ヴラドは平気な顔をしていた。
吸血鬼というのは
けれど木箱の中を覗き込んだ。
そこにはたくさんの瓶が入っていた。
深い緑色をしたガラス瓶だ。
蓋はコルクで何処となく年代物のワインを
もちろん未成年なので、飲んだことはなかった。
「コレは何だ」
「見ての通り」
あまりに情報が少なかった。
名梨は頭の中で情報を漁り、無理やり保管した。
「酒か?」
「正解。コレは私が漬けておいたお酒。もといワイン」
確かにこの環境ならワインには適していた。
発酵用の蔵には十分な温度管理が自然のうちでできていて、まさしく天然物だった。
しかしこの強烈な臭いは何か分からなかった。
けれどヴラドは口にした。
「この臭いは木箱に染み付いたもの。瓶の中身はこんな臭いじゃない」
「良い匂いなのか?」
その期待は実際に開けてみれば分かった。
とは言え名梨は飲めないので、味の感想までは分からなかった。
「多分できてるはず」
ポンとコルクの蓋を抜いた。
まさか素手で開けるとは思わなかったが、それで真空になっていたのか定かではなかった。
けれど蓋を開けると急に芳醇な甘みのある匂いがダンジョンの中を満たした。
先程までの鼻を摘まないと耐えきれない臭いが嘘のように感じた。
名梨は驚いて声も出なかった。
しかしヴラドが「上出来」と言いながらラッパ飲みを始めたのでもっと驚いた。
「お、おい!」
「うん、やっぱり最高」
ヴラドは仄かに頬を赤らめた。
しかし酒は非常に強いらしく、いっぺんに飲んでも何ともなかった。
とは言えあまり体には良く無いので止めてもらいたかった。
「おい、飲みすぎるなよ」
「如何して?」
「酔うだろ」
「私は酔わない。だけどお酒は好きじゃない。今は血液の補給のために飲んだ」
「血液の補給?」
「そう。このワインには血液を増量させる効果がある。そういう特殊な葡萄を使っているからできる」
凄くファンタジーな話だった。
まさかとは思うが、千年前からこのことを見越していたのだろうか?
名梨の想像が膨らんだ。
「いつからそんなことを?」
「吸血鬼になった時から。万が一のため。だけど問題があった」
「問題?」
「発酵までもの凄く時間が掛かる。その葡萄、ブラッディマリー・グレープは血のように滲んだ赤い色をしていて、その強烈な臭みがまるで本物の血液のようだった。そのせいで生半可な方法だと、簡単にモンスターを寄せ付けてしまう。だから私がここにいた」
ヴラドの話をまとめるとこうだった。
ブラッディマリー・グレープと言う不思議な葡萄があった。
この葡萄は血液を生む代わりに、もの凄い臭いと独特な色をしていた。
発酵までに時間が掛かってしまう欠点と、発酵の際に生じる強烈な臭いでモンスターを引き寄せてしまう。
そのため入り組んだ洞窟の奥などでしか作ることができず、誰かが番をする必要があった。
つまりヴラドは自ら万が一のための番をしていたことになる。
それが名梨が突然やって来たことで、微弱な生命エネルギーから目を覚ましたようだ。
「偶然の産物ってことか」
「そう言うこと。だけど偶然をそのまま片付けるの味気ない」
ヴラドはロマンを求めているような反応をした。
しかし本気で思っているのか分からなかった。
頬が仄かに赤く、酔っているのか酔っていないのかも分からないのだ。
「この壁の色は発酵の影響で葡萄の色が付いた。なるほど、紛らわしいな」
「そう言うものだから仕方ない……うん、うえっ」
ヴラドは今にも吐きそうになっていた。
酒の味自体は良かったが、本人があまり酒を好きではなかった。
飲めると好きでは意味合いが全然違うのだ。
「大丈夫か?」
「ちょっと待って……うへっ」
ヴラドの調子が少し悪かった。
背中をさすってやり、しばらくの間待つことになった。
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