第50話 前より静かで不気味

 日曜日を利用してダンジョンにやって来た。

 山奥にある霊龍の泉域は相変わらずで、外見は何も変わっていなかった。


「また来る羽目になるとは……」

「今さら言っても遅いだろ?」


 熱志は名梨と肩を組んだ。

 お前が言うなと思ったことは言うまでも無かったが、今回はメンバーも多かった。


 しかも女子ばかりだ。

 華があると言えば聞こえはいいが、全員特殊な能力を持っていた。


 特にヴラドに関してはよく分かっていなかった。

 何ができるのか。そして何ができないのか。

 はっきりしていないため、名梨は要観察だった。


「何?」

「別に」


 ジッと見ていた名梨にヴラドが気が付いた。

 素っ気ない対応でお互い無言になると、楓は何故か頬を膨らませていた。


「むー」

「むくれるな」

「むくれてないよ。それよりみんな装備は万全だね?」


 楓は何か不満があるのか、名梨には全く見当も付かなかった。

 完全に鈍感の所業で、腐れ縁の熱志は憐れに思った。


「はぁー」

「溜息を吐くな」


 名梨は珍しく注意を入れた。

 その溜息の間合いだと楓に対してのようで、聞こえが悪かった。


「俺には構わないが、楓には失礼だぞ」

「お前が言うな」


 何故か名梨は怒られてしまった。

 本当に理由が分からないのか、首を捻っていた。

 余計に溜息が出そうになるが、押し殺して楓のことを見た。


「悪いな楓」

「ううん。それより装備は完璧だね!」


 楓は熱志の手を見た。

 そこには金属の籠手が装着されていた。

 ギラギラ光っていて新品のようだったが、しっかりと磨かれた跡があったのでこの間のものを直したようだ。


「おうよ。如何だ見てくれ、このガントレット!」

「磨いたな」

「うるせえよ。こう言うのは陰の努力が大事なんだ」


 確かにと熱志の言葉には全員一理あった。

 珍しくまともなことを言ったので名梨は心配したが、そうでないと困るのだ。

 ここから先はこの間のように灰色の犬型モンスターはいるかもしれないと考え、ゴクリと喉を鳴らした。


「この先か……」

「不安かな? 名梨君」

「多少はな。とは言え今回は装備もある」


 名梨は剣を持っていた。

 新調はしていないが、とりあえず切れ味は良いロングソードを持参していた。


「名梨君は剣を使うんだね」

「そう言うお前は如何なんだ?」


 楓は装備品らしきものは持っていなかった。

 しかし気になるものがあった。

 ヘッドセットを用意し、腰には短剣を装備していた。


「私は準備オッケーだよ。それより気になるのはヴラドちゃんだよ」

「確かにな。ヴラドは武器を用意していないのか?」


 大きな欠伸を掻き暇そうにしていたヴラドに声を掛けた。

 間の抜けた様子で動作が遅く顔を向けた。


「えっ?」

「ヴラドは装備は無いのか?」


 名梨はもう一度尋ねた。

 すると少し考える素振りを見せつつ、コクコクと首を縦に振った。


 凄く不安だった。

 定期的にダンジョン調査課に足を運び、情報を仕入れてくれてはいたが、それ以外何をしているのか分からなかった。


 もちろん名梨は知っていた。

 配信の手伝いや家事を全般やってくれていた。


 とは言え、戦える戦えないのベクトルは家事には何も関係なかった。

 ダンジョンに居たからと言って戦えるとは限らないのだ。

 だから名梨は心配だった。顔色には出さないが、ジッと睨みを利かせてしまった。


「名梨、怖い」

「悪いな。戦えるか不安な材料が居ると困るんだ」


 そう伝えると、熱志はドン引きした。

 しかし本人は気にしておらず、「大丈夫」と呟いた。


「私はこう見えて戦えるから。そのためにコレを付けてきた」


 そう言うと頭のかんざしを見せつけた。

 串の部分が金属で出来ていて、かなり鋭かった。

 危ないと言ったらそれまでだが、人に向けると危なかった。


「簪? 吸血鬼か……」


 何となく血液を使う気がした。

 とは言え本人が何も言わないので気が付いていないふりをした名梨は、熱志と楓に尋ねた。


「配信をするのか?」

「当たり前だよ。そのために準備してきたんだから!」

「そうか。それなら第一階層は止めよう」

「はぁ? 何でだよ」


 熱志が当然のように抗議を入れた。

 少しでも配信の画を期待しているようだが、同じ画を観せてもグダってつまらないはずだ。


「今回の狙いは第二階層だろ」

「そうだぜ。あわよくば第三階層のポータルくらいは踏みたいな」

「だったらここで尺を取る必要はない。無駄に長い配信を観ても面白くないだろ」


 あくまでも名梨個人の意見だった。

 しかし譲る気は無いのか、配信をスタートさせなかった。


「ああ分かったよ。楓も良いよな?」

「もちろん良いよ。私も第二階層から配信するつもりで居たから」

「マジかよ!」


 熱志は自分が少数派になってしまった。

 コメントに助けを求めることも出来ず戸惑っていたが、そこは臨機応変な対応を見せた。


「そうだな。んじゃあそうするか」

「意見変えるの速いな」

「良いだろ別に。そんじゃ行こうぜ!」


 締めるとことはちゃんと締めた。

 熱志は自分が先導し、霊龍の泉域の中に突入した。


 相変わらず足元の悪い洞窟が広がっていた。

 この調子で第二階層、第三階層と続いているのだろうかと、名梨は知らない情報に少しだけ興味を増した。


「そういや前はこの辺でスライムに遭ったな」

「そうなの? 私はスライムじゃなくて蝙蝠こうもりだったけど」

「蝙蝠? そりゃ災難だな」

「うん。流石に群れは怖かったよ。でもね、私の能力でみーんないちころだったよ」


 楓は楽しそうに話してくれた。

 しかし武勇伝を語る一方で、いちころの意味が変わって聞こえた。

 蝙蝠にとっては歌を武器にする楓は相当厄介だっただろうと予測した。


「超音波が意味を成さなかったのか」

「そうみたい。だから私は運が良いんだよ」


 楓は自分に自信を持っていた。

 自分自身を鼓舞する力を持っているのは、ダンジョン探索では重要な技能だと思った。

 しかし名梨はそれを抜きにしても気になることがあった。


(何も出てこないな)


 まだダンジョンに入ったばかりだが、モンスターの気配が一切なかった。

 ここまで静かだとこの先に何が待ち構えているのか怖くなった。

 ドライな名梨は表情を硬くした。その様子をヴラドは見逃さず、「緊張?」と尋ねた。


「多少はな」

「意外」

「意外って何だ。俺は人間だぞ」

「そうなんだ」


 全く心外だった。

 名梨は自分のドライさが勘違いになり、溜息を吐きそうになった。

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