第48話 吸血鬼のマリー(キャラ付け)

 名梨は配信の準備をしていた。

 パソコンで配信用ソフトを立ち上げ、今日は遊ぶゲームを吟味した。


「これで良いか」


 名梨の表情はほとんど無に近かった。

 カタカタとキーボードを叩き、待機画面を作った。


「さあ如何するか」


 名梨は自分で待機画面を作っていた。

 しかしSNSで描いて貰ったファンアートだった。


 基本的には自分で描こうとは思っていた。

 ある程度はそつなくこなす名梨なので描けなくは無かった。

 けれどあまり上手くは無く、非常に惜しかった。


「ゲームは決まったが……」

「何やってるの?」


 そこにやって来たのはヴラドだった。

 今日は黒ではなく白いブラウスを着ていた。

 清楚感がより強まって可愛らしかったが、名梨は何も言わなかった。


「ヴラドか」

「うん」

「こっちには慣れたのか」

「ぼちぼち。学校もそれなりに楽しい」


 ヴラドがこっちに来てからしばらく経った。

 とは言えまだ一週間ほどで、困ることもあると思った。

 けれどヴラドはかなり馴染んでいた。

 都会の空気にも負けず、一瞬で馴染んでしまった辺りかなりのポテンシャルを秘めていた。


「だけど私の方が歳上」

「それが?」

「何で妹みたいな扱いなのか分からない」


 ヴラドは転入した中学校で人気者だった。

 転校生効果もあるのだろうが、物静かで美人だからでもあった。

 嫉妬されてもまるで気にせず何かあれば自力でねじ伏せてしまうので、ヴラドは只者ではなかった。

 それによりすぐさま溶け込んでしまった。


「でも慣れて良かった」

「ありがとう……ところで何やってるの?」

「これか。まあ、定期作業だ」


 名梨はほとんど説明する気が無かった。

 適当な返しで突き放したが、ヴラドは納得した。

 しゃがみ込んで目線を合わせた。


「何描いてるの?」

「待機画面」

「待機画面? ちょっと下手」

「そうだな」


 名梨も自分の画力には納得していた。

 そんな名梨の表情を観て思うところがあったのか、単なる興味本位か、ヴラドは口にした。


「私が描く?」

「描けるのか?」

「やってみる」


 ペンタブを手渡すと、ヴラドは絵を描き始めた。

 ほとんど一発描きだったが、傍から見ても上手いものだった。


「上手いな」

「そう?」


 ヴラドは自分の描いた絵を見てもあまり嬉しそうでもなかった。

 さも当然といった具合で、ヴラドらしかった。


「こんな感じで良い?」

「十分だ。俺の絵よりも上手い」


 ヴラドは描いたのは今回配信する予定のゲームのキャラだった。

 いわゆるファンアートというものだったが、しっかりと描き込みがされていて良かった。

 質感もある程度は出ていて、ほぼノータッチの一発描きのレベルでは初心者とは思えなかった。


「もしかして絵が得意なのか?」

「別に」

「それにしては出来が良いな」

「このくらいで褒められても嬉しくない」


 ヴラドは全く嬉しそうじゃなかった。

 自分はできる最低限をしただけのつもりらしかった。

 しかしその謙虚さにも似た鈍感さがヴラドの持ち味でもあった。


「まあいい。とりあえず、取り込むか」


 規格サイズを合わせると引き延ばして待機画面を作った。

 適当に文字を打ち込んで、軽めの効果を入れておいた。

 これで十分だと思ったが、ヴラドが気になることを口にした。


「ねえ、これ何?」

「パソコンだ」

「パソコン? 今やってるのは?」

「配信だ」

「配信?」


 ヴラドはまだまだこの時代に疎かった。

 パソコンや配信と言う現代単語ワードはあまり知らないのだ。


「何でそんなことするの?」

「何故だろうな」

「理由も解らないの?」

「正直定期的に義務感でしているからな。内容は自由だが……」

「それは自由とは言わない」


 ヴラドから真っ当なことを言われてしまった。

 そんなことをしている間に待機画面をアップロードして配信前に出せるようにしておいた。


「こんな感じだな」

「凄い。私の描いた絵だ」

「後は告知だが……面倒だからしなくていいな」


 ナナシーGamingの配信はいつも突然だった。

 だからいちいちSNSを使って告知なんてしなかった。


「とりあえずサムネイルにも使っておくとしてだ。さて、如何するか」

「それなら夕食にする?」

「そうだな」

「それじゃあ持ってくる」


 今まで名梨が用意していたヘルシー志向過ぎて男子高校生の食生活に不足していたものがヴラドのおかげで揃っていた。

 キッチンに向かうと、ちゃんと炊いたご飯やみそ汁が用意されていた。

 飲み込みの速いヴラドが作ってくれたものだ。


「わざわざ作らなくても……」

「私が食べたいの。いいでしょ?」

「構わないが、何だか違和感があるな」

「食生活悪すぎ」


 ヴラドに言われてしまった。

 半分人間なため、血を飲まなくても生きていけるヴラドだからこんな真似ができた。

 それが如何してもイメージと違い過ぎて最初は飲み込めなかった。


「とは言え、慣れたらあれだな」

「あれ?」


 名梨は何も言わなかった。

 無表情で口数を減らし、ドライに振舞った。

 しかし箸だけは動いていて、用意された焼き鮭を摘まんだ。ほろりと溶けて口の中で唾液と一緒に混ざり、風味と一緒に旨味が溢れた。


「良いな」

「それは良かった」


 名梨とヴラドはそのまま軽く夕食を取った。

 対面に座っているところが何となく気恥ずかしそうだが、名梨やヴラドは一切気にしていなかった。

 まさに不干渉な対応だった。


「「ごちそうさまでした」」


 お互い手を合わせて夕食を食べ終えた。

 作って貰ったので名梨は片付けることにした。


「それじゃあ俺が片付ける」

「分かった。私は何をしたらいい?」

「隙にしたら良い。何ならそこのパソコンで遊べばいい。俺がやる予定のゲームだが……」

「コレのこと? うーん、何か表示されてるけど、コレは何?」

「ああ、それは配信開始のボタンだな。マウスをクリックしたら……」

「はい」

「あっ、ちょっと待てって!」


 名梨は慌てた。別に怪しいサイトをクリックしたわけではないのだが、勝手に配信を始めてしまっていた。

 ブラウザバックの方法を先の説明しておくべきだった。


 名梨は慌てたが、一瞬だけ操作を誤ってしまった。

 いつもは設定していないカメラが配信設定のミスでオンになってしまい、チラリとヴラドの顔が映り込んだ。


(マジか……)


 幸い映ってはいけないものは何も置いていなかった。

 名梨の顔が映ることもなかったが、ヴラドの顔が世界に広まってしまった。


(マズいぞ。ネットの世界は……)


 今のナナシーGamingは登録者もかなり多かった。

 そんな中突然ヴラドの可愛らしい顔が映ると、真っ先に待機していた人達が急に湧いた。

 コメントが流れ込んできててんやわんやになった。


“何だよ今の可愛い子”


“超タイプ!”


“もしかしてナナシーさんの彼女的な? 羨ましい”


“何か女の子が出てきたんだけど!?”(550円)


 コメントは相当盛り上がった。

 名梨は今更配信を切ることを諦め、考えた結果ヴラドも巻き込むことにした。


「ヴラド、お前も出てみるか?」

「出るって?」

「配信の世界だ」

「何で?」

「お前が巻い種だからだ。そうだな、今日からお前はマリーだ」

「誰それ?」


 ヴラドはノリが悪かった。

 もちろん名梨もノリは悪かったが、この状況はとりあえずこのテンションで乗り切ることにした。


 ちなみに何でマリーなのか。

 答えは超が付く程簡単で、ブラッディ・マリーから拝借した。

 もちろん何の捻りもないので、ヴラドは首を捻っていた。


 そんなわけで、ナナシーとマリーは配信をしていた。

 それ以上でもそれ以下でもなかった。

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