第19話 ヒビキ・カエデ(誰?)を助けたのだが

 マズいことになった。

 本当にマズいことになった。


「はぁー」


 大きな溜息をナナシーは吐いていた。

 ピンマイクにボアボアと息が吹き掛かり、派手に音割れを起こした。


 視聴者の耳に雑音が響く。

 しかしナナシーはそんなこと一切気にしない。

 視聴者も誰も気にしない。

 何故ならーー


「まさかこんな形で顔バレするとは」


 ナナシーは顔バレしてしまった。

 緊急事態とは言え、今まで一度だって動画や配信で顔も声ですら出していなかった。


 にもかかわらずだ。

 まさかこんな形で顔と声がバレてしまうとは。

 ナナシーは頭を思いっきり抱えた。


「な、何で彼は落ち込んでいるの?」

「まあ色々あるんだよ。今まで積み上げてきたものが壊れた的な?」


 botはそう説明した。

 しかし少女にはbotの言っていることが半分は理解できたけど、半分は理解できなかった。


 一体今まで何を積み上げてきたのか。

 少女はナナシーのことを知らなかった。

 だから理解も共感が半分しかできなかった。


「それはそうと、足はもう大丈夫なん?」

「うん。ここまで運んでくれてありがとう。早くお礼を言いたいんだけど……」

「まあ気にしなくても良いんじゃね。アイツはああいう奴たから」


 botは落ち込むナナシーはを見て軽く流してしまった。

 ナナシーもナナシーはでバレてしまったものは仕方がないと、割り切ってもいた。


 だからだろうか。

 落ち込んでいたナナシーは最後に肩を落として溜息を吐くと、素早く気を取り直した。


「まあ仕方ないか。それより大丈夫か?」


 ナナシーは自分のことを割り切って後回しにした。

 それからさっき助けた少女に視線を向けた。


 モンスターに襲われ、足を怪我してしまっている。そのせいで自力で歩くことは困難になっていた。

 そこでナナシーが少女を助けたついでにここまで運んできた。それが今の状況だ。


 灰色の犬みたいなモンスターがいた場所からだいぶ歩いた。

 真っ直ぐ来たので出口もかなり近い。


 とは言え一度休みたかった。

 ナナシーはbotと比べ体力が無い上に少女の足の怪我を見たかった。


 幸いカメラドローンの中には簡単な治療キットが入っているので、消毒液と包帯を取り出して軽く治療することにした。


「少し足を見るけどいいか?」

「うん。ごめんなさい、まさかこんなことになっちゃうなんて」

「別にいい。本当はダンジョンの外に出れば治るだろうけど、得体の知れない薬やダンジョンの効果に頼っていても仕方ないからな」


 今日のナナシーはよく喋った。

 意外に思ったのかコメント欄をジッと見ていたらbotが代わりに答える。


“ナナシーさんはよく喋る方なんですね”


「そうだな。極力無駄話はしない省エネ主義だけど、結構喋るぜ。セルフ無言ってやつだな!」

「何言ってるんだ? って、まだ配信してるのか。もう帰るだけだから配信は終了でいいだろ」


 ナナシーはbotを睨んだ。

 しかしbotはそれを拒否した。何故かと思えばスマホを少女に向けた。


「ん?」


 ここでナナシーは気が付いた。

 スマホのカバーがターコイズブルーだった。


 botが使っているスマホが燃えるような赤、ナナシーが使うものがシンプルな白と濃い青色が混ざったスマホカバーしているので、どちらのものでもなかったのだ。


 つまりコレは二人のものでは無い。

 確信したナナシーは少女のことをチラ見した。

 「えへへ」と言いながら、自分も配信者であることを明かす。


「ごめんね。さっき彼に頼んだの」

「そういうことか。bot、この子は良いが俺は映すなよ!」


 ナナシーは鋭い剣幕でbotに言った。

 今更遅いがあまり目立ちたく無いのだ。


「はっ!? カエデさんを救った英雄だぞ!? こんなビッグイベント他にないだろ!」

「誰だよカエデさんって」

「その子に決まってるだろ! うわぁ、コメント欄スゲェ!」


 botとコメント欄が盛り上がっていた。

 しかしナナシーは全く分からなかった。

 そもそもカエデさん? って何だ。何か有名な配信者か何かなのか?

 ナナシーはそのレベルだった。


 疑問だけが連なる中、カエデと呼ばれた少女の顔をジッと凝視した。

 その間も手は動かし続けていたが、カエデは気恥ずかしそうに頬を赤らめている。


 照れているらしいが、何に照れているのかナナシーには全く伝わらなかった。


「でもいいよな、ナナシー完全に王子様だもんな!」

「茶化すな」

「王子様!? え、えっと、た、確かにタイプだけど……優しいし、えーっと。あっ、変な意味じゃないからね!」

「何言ってるんだ?」


 botは完全にネタになるとナナシー達を茶化した。

 しかし動揺するカエデと違って、ナナシーは興味がなく淡白な対応だった。


「そもそも、カエデさんは何者何だ? 有名な配信者か何かなのか?」


 ナナシーが尋ねると、botはドン引きした。


「それマジで言ってんのか?」

「マジで言っているが」


 ナナシーは大真面目だった。

 その顔色や瞳には嘘はなく、botはカーッとなって顔を覆った。


「マジか。お前テレビとか観ない系か?」

「観るが、そこまで集中してないな」

「CMとかアニメとかそれこそ動画サイトで流れるだろ! ちょっとくらいは耳にしたことが……」

「あるかもしれないが、誰か分からないとなるとさっぱりだ」


 ナナシーは別に無知なわけではない。

 単純に興味を持って接していなかった。

 その姿にコメント欄でも凄い罵倒が飛び交うが、カエデは「ふふっ」と笑っていた。


 すると立てないので座ったまま胸に手を当てると、堂々として自己紹介を始めた。


「こんにちは。それから助けてくれてありがとう。私はヒビキ・カエデ。自分で言うのは烏滸おこがましいけど、シンガーソングライターとして活動している現役JKだよ。よろしくね!」


 簡潔な自己紹介にナナシーは好感を抱いた。

 しかし未だに頭にははてなを浮かべたまま、首を捻っていた。


「そうか。俺はナナシー。そっちはbot。同じく高校生だ。よろしく」

「ナナシー君とbot君だね。って、もしかしてナナシーGaming!」


 カエデは目を見開き食いついた。

 ナナシーは単に視聴者かと思ったが、カエデの目はキラキラしていて逆にbotは悔しそうだった。


 その時、ふとスマホの画面に視線が移動した。

 ナナシーは驚いた。

 大量のコメントと同接数が1万人を余裕で超えていたのだ。

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