第6話 斜め上の場所

 ダンジョンが突如としてできてから極東の国は幾つか変わったことがある。

 例えばエネルギー機関だ。


 今までは火力発電や少し前に稼働が一部停止してしまっていた原子力発電など、既存の発電方法だけでは賄いきれなくなっていた。

 しかしそれを解決させるものがダンジョン内には存在していた。

 それが魔石。魔石と呼ばれる高密度のエネルギー体を用いることで、この問題を解決させた。


 その功績は今は世界に広まり、ダンジョンと言うものの持つ魅力をより一層引き立てた。

 しかしそれと同時に危ないことをする輩も増えたので規制も強まっている。


 またそれに伴い街作りもいくつか変わってしまった。

 ダンジョンは何処に出現するかわからず、完全に地震や津波のような自然災害の一種として数えられている。


 突然地面が隆起し、海が割れ、空に島が浮かぶ。

 都心に巨大な機械の塔が出現したり、北海道には雪の雪原が、沖縄ではガジュマルの木が繁茂する。


 自然環境そのものを作り変えてしまうせいで、住めなくなってしまった地域も存在している。

 そのため名梨や熱志が暮らすこの街も、ダンジョンの出現以降に新しく作られたものだった。


 カチッ、カチッ、カチッ、カチッ……


 時計に針が刻々と進み、細かな音を奏でる。

 名梨はペン回しをしながら授業が終わるその瞬間まで窓の空を見ていた。

 時刻は午後四時。今日の六限目は数学だった。別に苦手ではないが、好きでもない授業に少しだけ退屈さを感じていた。


 名梨と熱志の通う摩夜市立第一高校は昔ながらの伝統を守っている。

 その伝統がこれだ。


 キーンコーンカーンコーン……

 キーンコーンカーンコーン……


 授業が終わる放送が鳴った。

 すると授業をしていた先生は生徒達を起立させる。


「あー、それじゃあ今週はここまで。来週は小テストをするから予習しておくんだぞ。良いか、ちゃんと言っておいたから間違っても先生のせいにするんじゃないぞ」

「「「はーい」」」

「それじゃあ全員起立」

「起立、礼!」


 学級委員長が生徒達を立ち上がらせると、古典的な習わしで締めくくった。

 今の時代、こんな昔ながらの授業初めと終わりは珍しい気がする。

 名梨はそんなことを頭の片隅に置いておきながらも、別にいやでも何でもないのが正直な感想だった。


「授業も終わったか」


 名梨は今日一日で初めて言葉を口にした。

 授業中は当てられることもほとんどない上に、聞かれたことがあっても基本的には淡々と口にするせいだろう。


 第一声にもかかわらずしっかりと声が出ていた。

 しかし誰も気にも留めることは無く、友達と輪になって放課後を満喫している。


「帰るか」


 しかし名梨にとっては別に何でもない放課後だ。

 授業が終わり鞄の中に教科書を詰め帰ろうとすると、急に声を掛けられた。

 振り返ると熱志が居て、背中をポンと叩く。


「よっ名梨!」

「熱志か。何だ、今日は部活に行かないのか?」


 熱志は陸上部とテニス部とバスケ部をまさかの兼部しているスポーツマンだった。

 よく許されているなと思いつつも、中学の頃から夏は水泳部、冬はスキー部、それから春と秋はバレー部に属していたほどの変わり者だった。

 いいや、個性と言った方が素敵かもしれないなと、名梨は内心“体力馬鹿”と思っているのは内緒なのだが……


「今日は部活は行かねえよ。つーか無えんだよ」

「そうか。だったら適当な運動部に混ざって来い。俺は帰る」


 鞄を背負って教室を出て行こうとする。

 しかし熱志は俺の肩を押さえたまま絶対に逃がさないように引き留めた。


「ちょいちょい、ちょい待ちだって」

「何だ? 悪いが俺は男好きな趣味はないぞ」

「俺も無えよ! じゃなくてよ、昨日約束しただろ」

「約束?」


 一体何のことを言っているのか、名梨にはわからない。

 思い出してやるべきかと思い、仕方なく昨晩の記憶を遡ってみる。

 しかしいくら遡ってみても強烈な眠気が邪魔をして何も出てこない。

 唯一記憶に残っているのは、牛丼の美味しい思い出だけだった。


「すまん、何も出てこない」

「ズコー! こんな長考して何にも出てこないのかよ」

「仕方がないだろ。俺は眠かったんだ」


 名梨はキレられる理由に心当たりがないので、逆に一言申しでた。

 すると熱志は勝ち目がないと悟り、瞬時に記憶を呼び起こす。

 昨日の約束はちゃんと言質を取っていた。


「ほら昨日言っただろ。ダンジョンに行こうって。そしたらお前、そうだなとか言って了承しただろ?」

「……それは言質げんちとは言わない。証拠不十分。以上」


 名梨は踵を返し、教室を後にしたかった。

 しかし熱志はしつこく絡んでくる。流石にウザすぎて名梨の怒りの沸点も近づいた。


「なあ頼むよ。俺一人じゃつまんないんだって」

「それなら他の奴を捜せ。適当にいるだろ、命知らずな連中は」

「それは無理なんだよ」

「何故だ?」


 名梨は首を捻った。

 自分よりも運動神経の良い同級生はたくさんいるからだ。


「お前以外に薬に耐えれそうな・・・・・・・・奴いないだろ・・・・・・

「お前、それは褒めてないな」

「褒めてるぜ。そりゃもう最高に褒めてるからな」

「如何だろうな……ん? 薬に耐えられるって何だ?」


 名梨は気になることを熱志が口にしたので、食い気味になってしまう。

 すると熱志は飄々としたまま笑っている。

 何か隠しているな、コイツ。名梨は眉根を寄せて睨みつけた。

 ドライな瞳が熱志を凝視し、強烈な威圧感で気圧した。


「おい……ちゃんと説明しろ」

「まあまあ、行けば分かるって。なぁ?」

「なぁ? じゃない。俺はお前の共犯者じゃないんだ。むしろ被害者だぞ」

「まあまあ、そこはぼちぼちってことで」

「良くない」


 熱志は何とかして俺を巻き込もうとしている。

 多分一人じゃつまらないというのは本当で、他の友達を巻き込むのは忍びないから、俺を巻き込んでしまおうと思ったに違いない。名梨はそこまで読み切り、大きな溜息を目の前で吐く。


「分かったよ。とりあえず付いては行ってやる」

「マジで!? それじゃあ早速行こうぜ」

「それで何処に行くんだ」


 熱志は教室を出て行こうとした。

 名梨は熱志の肩を掴み勝手に行こうとするのを止める。

 何処に行く気なのか。名梨には見当も付かない。


「はぁー? 何処って決まっているだろ」

「知るか」

「それじゃあ教えてやるよ。ダンジョンに行くまでにはダンジョン調査機関に申請が必要なんだよ。だから市役所のダンジョン調査課に行くぞ」

「し、市役所なのかよ」


 あまりに予想外の場所に眉を潜めた。

 もっと専門の施設があると期待した名梨はがっかりするが、そんな課があったとは知らなかった。

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