第88話 第三階層は森でした

 パタン! パタン!


 名梨達は洞窟の中をひたすら歩いていた。

 ドリル重機が開けたらしい穴は広い分、長さも桁外れだった。

 もしかしたら今日はここを超えることだけで精一杯かもしれないと、薄っすら悟っていた。


 しかし誰も口にはしなかった。

 こういう時、真っ先に口を開く奴が居るからだ。


 しかしそいつは少し的外れなことを言い出した。

 名梨は早速呆れた。


「何かよ、音が変じゃね?」

「何がだ」

「何がだって、聞こえているだろ?」


 熱志は洞窟の中を歩く音を聞いて、不思議そうにしていた。

 先程から歩く度に洞窟の壁に反響した音が、反射して耳に聞こえているからだ。


 しかし熱志はそれを不思議そうに感じていた。

 子供の疑問の様に唱えていたので、名梨は黙っていた。


「なあ、名梨。何でだよ?」

「スマホで調べろ」

「ここ圏外だろ?」

「そんな訳ないだろ」


 名梨は軽く一蹴してしまった。配信しようにも電波が無ければ配信なんてできないからだ。

 スマホを取り出した熱志は棒が立っていたことを改めて確認した。


「まあ分かってたんだけどな」

「そうか。良かったな」

「冷めてんねー。まーだ、怒ってんの?」

「いいや。怒ってはいない。むしろ怒る道理もない。俺にその感情は今のところ不要だ」


 熱志は普通に引いてしまった。

 全身に悪寒が巡り、二歩ほど下がった。


「ま、マシンかよ」

「流石に怒るぞ」


 名梨はあまりにもウザくて、ギロッと視線を動かした。

 すると熱志は全身を震えさせていた。


「ねえヴラドちゃん。このままにしておいても良いのかな?」

「問題無いと思うけど」

「如何して? 根拠とかあるの?」

「無いけど、気にしたら負け」


 ヴラドは達観視していた。むしろ興味の欠片もなかった。

 すると楓が話を振った。空気を変える作戦だ。

 

「そう言えばみんな、武器とか新調した?」

「いいや、新調してないけど?」

「同じくだ」


 楓はこの間の戦闘のことを思い出して尋ねたようだ。

 確かにグリーンドラゴンとの戦闘は激戦になったことを思い出した。

 そのせいで武器も傷んでしまっていたが、わざわざ新調する必要は無かった。

 けれど楓だけは少し武器を変えていた。むしろ増やしていた。


「そっかぁー。私だけはしゃいで武器増やしちゃったよ」

「腰の剣のことか?」

「うん。まだ慣れてないんだけどね」


 楓は不安そうだった。

 確かに剣の柄を見て見ると、光沢感が合ってピカピカだった。

 おまけにゴム製ではなく、木製になっていた。その見た目を気にして、名梨は気になることを尋ねた。


「楓、その剣は重たくないのか?」

「うん。実は中身が空洞で軽いんだよ」

「考えられているな。まあ、女子には優しい仕様で助かるんじゃないか」


 別に批判をしているわけではなかった。

 むしろ考え抜かれていて、楓の戦い方には合っていた。


「まあアレなんじゃね? 楓は動けるっしょ?」

「うん。動きながら戦うから軽い方が良いかなって」


 要するに、決定力はなくて良かった。

 軽くて丈夫、それでいて手首を痛めない仕様のおかげで、楓の能力ともある程度は差別化ができていた。


「それじゃあ私が動かなくて済む? ラッキー」

「いやいや、ヴラドちゃんもできる時は前線に出ていいからね」

「そう? 分かった」


 ヴラドはコクコクと頷いた。

 そんな話をしていると、だんだん空気が変わってきた。


「ん?」

「如何した熱志」


 熱志が立ち止まった。

 すると地面に手を添えて何かを感じ取っていた。

 手のひらから手汗が滲んでいて、温もりを感じているようだ。


「なあ名梨。コレ見てくれよ」

「如何した? コレは、苔か?」

「ああ。亀裂から緑色の植物が生えてるよな。もしかして、もうすぐなんじゃね!」


 熱志の表情がパッと明るくなった。ちょっと暑苦しかったが、ようやくじめじめとした洞窟の中から解放されると思うと、少しだけ心が軽くなった。

 それからヴラドにも一応確認を取った。

 この先に熱原体があるか、聞いてみたのだ。


「ヴラド、この先には何がある?」

「何が?」

「熱源、すなわちモンスターや植物の類は感じるか?」

「さあ。でも苔があるから次の階層も近いと思う」


 ヴラドの考えは憶測の域を出なかった。

 だけど距離があまりにも離れている証拠でもあるので、仕方ないと納得した。


「苔があるってことは、もう少しマシってことだろ?」

「そうかもな」

「でもどんなところだろ?」

「何処でもいいぜ。とにかく俺は暴れてぇ」

「配信でそんなこと言うなよ。BANされるぞ」


 あまりに過激な発言をする熱志を諫めた。

 今時このくらいでBANされるようなことはないだろうが、コンプライアンス的に最低限は配慮していた。


「そこまで気にしなくてもいいだろ。って、おいおい……」


 熱志は足を止めた。

 すると洞窟の奥の方で光が見えたのだ。これはもしや出口。いいや、誰が見ても出口だと分かった。


「奥の方が光っているね。もしかして太陽があるのかな?」

「まさか」


 人口太陽、例えばダンジョン自体が作った可能性はあった。

 だけどそんなことは今は如何でも良かった。


「見えてきたな」

「おっしゃ! 行くぜおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「うるさい」


 熱志は走っていった。

 名梨は呆れてしまったが、後ろから背中を押されてしまった。

 そこに居たのは楓で、左手でヴラドの手を握っていた。


「みんなで行こうよ。熱志君だけに最初の一歩は譲れないでしょ?」

「はぁ?」


 名梨はドライな反応だった。

 もちろんヴラドも人形のようにされていた。

 そこに意思はなく、流れに身を任せていた。まるで川の上流から下流で洗濯中のお婆さんに拾われ待ちをする桃のようだった。


「諦めて」

「はいはい」


 ヴラドに言われて諦めを付けた。

 覇気を失い、少しだけ足早になると、楓と共に最初の一歩を踏み出した。

 すると肌に若干だが、緑が掠めた。


「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」


 名梨達は全員声を上げてしまった。

 何故か、もちろん感動したとかではなかった。


 洞窟を抜け、光が差し込んだ方へ向かった。

 そこで見た光景は、第一階層や第二階層とは明らかにかけ離れた世界だった。


「ここが第三階層?」

「何だ、これ? 嘘だろ、マジで?」


 名梨と熱志は困惑が止まらなかった。

 口をあんぐりと開き、目の前から目が離せなかった。

 何故ならそこには青空が広がり、巨大な緑生い茂る木が一面を支配していたからだ。

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