6章前編 ゴブリンの君主ってなに?
第85話 音ゲーを遊んでいたのだが
マウスをクリックする音だけが響いた。
暗い部屋の中にはナナシーが一人、ゲーミングチェアに腰掛けていた。
隣の部屋ではヴラドが作業をしていた。
明日の朝食の支度と弁当の仕込みだ。
ナナシーは悪いと思っていた。
しかし気にしなくてもいいと言われていた。
けれど人間の性で多少なりとも気にしてしまった。
“今日は何のゲームをしているんですか?”
コメント欄で質問が流れた。
これには答えようと思い、ナナシーは文字を打った。
カタカタとキーを叩く音が響いた。
“音ゲーてす”と打ち込んだのだ。
今回やるのはスマホで遊べる音ゲーだった。
如何して音ゲーなのかと言われれば特に理由はなかった。
何となくやってみたかっただけだ。
しかしこの音ゲー、なかなか難しかった。
ナナシーはそう思いつつも、軽快に操作していた。
“すげぇ!”
“いきなりエキスパートって挑戦しないよね?”
“初見何ですよね?”
“どうしてこんなに難しい譜面ができるんですか?”(2000円)
投げ銭付きのコメントが付いた。
流石にプレイ中はコメントは打てないので心の中だけで唱えた。
(まあ、音聞いてないからな)
音ゲーとは本来はリズムを取る物だった。
リズムを取り、音楽に合わせてタップする。
それが基本で、それ以外に完璧を出す手立ては限られていた。
だけどナナシーは少し変わっていた。
目で見える視覚情報だけを頼りに、譜面をタップしていた。
(まあこれだと味気ないな。音を微弱に出して慣れた曲を目を瞑ってやるか……ん?)
ナナシーがとんでもない枷を自分にはめようとした。
しかしコメントが気になって目を開けてしまった。普通に見開いてしまい、目がパサパサした。
“ナナシーさん、この音ゲーにはカエデさんの曲も収録されているんですよ! 後でやってみてください!”(550円)
それは同じメンバーとして少しは気になった。
最近少し仲良くなっている気がしたので、一応話ができるように遊んでみることにした。
まずは楽曲欄に戻った。
大量の経験値を貰いつつもスルーし、指を添えて下に移動した。
「これか」
マイクは入っていないので、普通に喋っていた。
いくつかスクロールした先にカエデの曲があった。
前に熱志が話していた曲だ。
ナナシー試しにエキスパートで挑戦してみることにした。
すると真っ先に階段状に配置された譜面が襲ってきた。
(いきなりか)
あまりに速かった。
まだ伴奏の段階でこのレベルは正直エキスパートでも難易度はかなり上に位置していた。
(とは言えまあ……)
ナナシーは平然としていた。
指と目だけをスマホの画面に集中させ、耳は曲を聴いていた。
「なかなかハイテンポだな。とは言え熱がある」
今聴いていたのはカエデの楽曲一つ、『ignition』だった。
熱と言うか高揚感というか、確かに点火と言った印象が一層強く伝わった。
なかなか良い曲だった。
ナナシーはそう思いつつ、一夜にして、しかもたった数時間にして音ゲーするものにしてしまった。
本人にその自覚はないが、天才ゲーマーのプレイテクニックだった。
流石は神業量産機だと、視聴者は思っていた。
“流石ですナナシーさん”
“次回のお願いしますね”
“ちゃんと曲が聴けて嬉しい!”
“やっぱカエデの曲っていいなー。今度曲買おう!”
などなどたくさんのコメントが届いていた。
しかしそのどれにも反応することはなく、ナナシーはいつもと変わらないテンションで配信を終わろうとした。
(そろそろ終わるか)
そう思って配信を切った。
スマホのケーブルをパソコンから外した。
「ん?」
するとスマホが鳴った。
チラッと視線を向けてみると、楓からメッセージが届いていた。
[明日みんなで霊龍の泉域に行ってみない(*p°∀°q)]
楓からメッセージが届いていた。
グループで発信されていたようで、ココロエプロジェクト全員に届く。
「楓からか。まあ妥当だな」
とは言え久方ぶりに霊龍の泉域の話題が出た。
確か第二階層を突破したけれど、第三階層にいつまで経ってもいけないのでスルーしていた。
名梨はそのことを思い出して、ついに行けるようになったのかと思った。
すると部屋の扉が開いた。
暗い部屋の前、ちょうど光と闇の境に立っていたのは案の定ヴラドだった。
「だ、そうだ」
「そうらしい」
名梨とヴラドはお互いに目配せしあった。
互いにスマホを持っていたので、言いたいことは一緒のようだ。
「如何思う?」
「私は構わない。あのダンジョンは確か第十階層まであると聞いたから、調査の名目で行ってもいい」
「そうか」
やけにヴラドはやる気があった。
それもそのはず面倒な熱志からの猛烈アプローチじゃなかったからだ。
名梨も楓ならいいかと思った。
楓は熱志の何倍もしっかりしていたからだ。
[分かった]
[了解]
ほぼ同タイミングでメッセージを送った。
すると楓からメッセージが届いた。
[二人ともありがとう。熱志君はOKみたいだから、明日四時に集合だね!]
[もちろん放課後だよ]
[予定があったら優先してくれてもいいから]
[それと私は少し遠いから遅れるかも。ごめんね<(_ _)>]
たくさんメッセージが投げ込まれた。
楓は最初から保険を張っていた。
だけど事情を加味すると、様々な要因が重なることもあった。だから誘った本人が来れなくても仕方ないと、楓なら納得し、名梨達も了承した。
[気にするな]
[大丈夫。その時は帰るだけ。また別日にしよう]
[ありがとう!]
ここは顔文字は無かった。
名梨とヴラドは違和感を感じつつも、明日の予定を空けておくのだった。
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