第5話 十年前に突然できたんだが

 今から十年前、突如としてダンジョンと呼ばれる異世界の迷宮が出現した。

 それが何なのかは今でも分かっていない。


 しかし興味と言うのはそそるものだ。

 だから研究し特別な許可さえあれば探索することができるようになったのだ。


 名梨は熱志からダンジョンに行きたいと熱い要望を受けた。

 しかし名梨の顔は何も変わらず、眉毛もピクリとも動かない。


 その姿に熱志は戸惑い、煽るように言葉を掛けた。


「おいおい、黙ってないでなんか言えよな。お前じゃないんだ、人の考えていることなんてわかんねえだろ」

「行きたいなら勝手に行けばいい。ダンジョンには許可証を貰えれば入れるはずだ」


 名梨は依然としてドライな対応だった。

 そのことに何か気に食わない面でもあったのか、熱志は大きな溜息をまたしても吐く。


「名梨って夢無いな。ロマンもないな」

「それが如何した」

「そんなんで登録者百万人行けんのかよ!」

「さあな」


 名梨は牛丼を口に運んだ。

 一方の熱志は食べきっているので暇そうにしている。

 ジッと名梨が食べるところを見ながら涎を垂らしていたが、ふと登録者数の話になった。


「名梨は個チャンの登録者はどのくらいになったんだ?」

「ん? 確認してないな。多分そんなに増えてないんじゃないか」


 名梨は登録者数に歯もコメントにも興味がなかった。

 熱志はパソコンを起動させ、チャンネルを表示させた。

 そこにはナナシーの個人チャンネル、ナナシーGamingの登録者数が10万人を優に超していたことを知らせる。


「おいおい、お前十万人もいるじゃねえか!」

「そうみたいだな」

「そうみたいって……もう少し興味持てよ。お前のファンなんだぞ。普通このくらい登録者が居れば一回くらいはオフ会でもするだろ。お前はしないのか?」

「しない。興味ない」

「はぁー、ナナシーは本当人付き合いが嫌いなことですね」

「何か文句でもあるのか?」

「は、ないでーす」


 名梨はお茶を飲みながら熱志に問うた。

 熱志は熱志で別に悔しがるわけでもなければ、怒鳴ることもしなかった。

 依然とした態度で、軽く流してしまう。

 腐れ縁なため、お互いのことはある程度把握していたからだ。


「それで俺のチャンネルが登録者三万人。俺達二人のココロエプロジェクトは登録者十二万人。まだまだ伸ばさないとな」

「収益が入るんだ。十分だろ」

「お前、もう少し夢持てって」


 熱志がもう一度名梨に注意を促すと、一度脱線した話に再度切り替えた。

 一体何が目的でダンジョンに行きたいのか。

 もしもくだらない理由なら、名梨は断るつもりでいた。


「それで、何でダンジョンに行きたいんだ」

「そんなん面白そうだからに決まってんだろ! 登録者数も跳ね上がりそうだし、コメントも爆増するだろ。なぁ、だろだろ!」

「興味無」


 名梨は熱志のしょうもない魂胆に幻滅した。

 しかし熱志にも何か考えがあるようで、単に興味本位で言ったわけではないらしい。


「いやさ、俺達のチャンネル。最近上げるコンテンツに迷走してるだろ?」

「確かに最近は動画を上げてないけど」

「だからよ。俺達、初のダンジョン系専門配信者にならねえか?」

「……ダンジョン系配信者?」


 名梨は首を捻った。熱志の言いたいことがよくわからない。

 そもそもダンジョンは危険だ。

 極東のこの国には数々のダンジョンが発見されていて、たくさんの人がダンジョンの探索をしている。


 しかしダンジョンの中は何が起きるかわからない。

 今までだってダンジョン内で配信している映像を幾つか見たことがあるが、大体敗戦して逃げ帰ってきたものばかりだった。


「わざわざダンジョンに行ったところで何があるんだ? しかもそんな危険な場所を配信しても良いのか」

「配信自体は有りらしいぜ。ほらダンジョンに入るためには許可証がいるだろ。特殊な機材を使えば配信自体は可能らしいぜ」

「そうか。だが危険も多いって聞くぞ」

「それが醍醐味何だろ。未知への探求わくわくするぜ!」


 熱志は勝手に燃えていた。

 名梨は流石について行けないと思い、断ろうと思った。

 わざわざそんな危険な真似をして死にたくないからだ。


「名梨、お前が危惧していること当ててやろうか?」

「俺が危惧していること?」

「ダンジョン何て危ないだろ。そんなところに行って死にたくないってな」

「……そうだな」


 流石は腐れ縁。名梨は熱志に呆気なく見透かされてしまった。

 しかしダンジョンは危険な場所だ。

 そこにわざわざ高校生の俺達が行けるとは思えない。


「でも安心しろよ。最近はダンジョンの整備もされていて、特殊な薬を飲んで能力を手に入れたり道具を買ってダンジョン内で使えるようにする奴もいるらしいぜ」

「そんなに整備されていたのか。ん、能力?」

「しかもダンジョンって不思議なとこらしくてさ、絶対に死人が出ないんだとよ」

「死人が出ないのか? そう言えば昔見た配信でも死者が出た形跡はなかったが……どんな構造だ?」

「さあな。でもよ面白そうだろ」


 熱志の熱い熱弁は続いた。


 ダンジョン内は危険だけど、昔よりは大分安全になっていること。

 ダンジョン内で得られたものを換金できること。

 モンスターを倒しても倒されてもスプラッターにはならないこと。

 

 安全面が考慮されていて、配信も可能。R18にも引っかからない。

 まさに配信者にとって格好のネタだった。


「なあ面白そうだろ」

「そうだな」


 名梨はウトウトしていた。

 このままグダグダと話を続けていても、結局やると言い出すまで熱志は熱弁を続けるはずだ。

 この話を切り上げて早く寝たい。

 瞼が重くなり、半分くらい意識が途絶えかかっていた名梨は肯定的な返事をしてしまう。

 そこに本人の意思は無く、たんに相槌を打っていただけだ。


「そうだろ面白そうだろ。それじゃあ明日放課後許可証貰って、明後日ダンジョンに行こうな。俺達の新たなステージの幕開けだぜ!」

「ふはぁー……そうだな」


 名梨は反射的に答えるだけが精一杯だった。

 意識は夢の中に落ち、完全に寝落ちしてしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る