第39話 照れ隠し

 いつも陽気なエリズが弱音?


 不審に思いながら、先を促す。



「……弱音くらいいつでも吐けばいいけど、何?」


「実のところ、ヴィーシャさんに素っ気なくされるの、結構辛いです」



 ……え、そうなの?



「……『ヴィーシャさんは素直じゃないだけ』っていつも言ってるじゃないの」


「そう思っていないと、怖くてやってられませんから」


「……そう」


「わたし、ヴィーシャさんが好きです。とっても好きです。なんでそんなに好きなの? ってヴィーシャさんは思うのでしょうけど、すごく好きです。ヴィーシャさんのあり方そのものに、わたしは惹かれます」


「……私のあり方、ね。自分ではよくわからないよ」


「そうでしょうね。ヴィーシャさんは、ただヴィーシャさんであるだけ。

 素っ気ないように見えて、優しいときには優しいです。

 話を聞いてほしいときには、ちゃんと聞いてくれます。

 霊獣たちと接するときの慈愛のこもった笑顔は特に素敵です。

 余計な力みもなく、自然に溶けるように生きるあり方は、わたしには魅力的です。

 精霊に近い精神を宿しながらも、人間らしい濁りもちゃんとあって、ヴィーシャさんの傍にいるとワクワクします」


「人間らしい濁り……。それが良いものなのか、私には判断しかねるよ」


「良いものですよ。その濁りがあればこそ、色んな感情が生まれるのです」


「……そんなもんかな」



 私には実感の沸かない話。一生、理解することはないのかもしれない。



「ねぇ、ヴィーシャさん。今まであやふやにやり過ごしてきましたけど、はっきり聞きたいです。わたしのこと、好きですか?」



 その声は寂しそうで、泣きそうで。


 子供が母親にすがるようでもあって。


 変に誤魔化すのはいけない、ということはわかった。


 ふぅ、と息を吐いて、自分の中の感情を探る。


 もちろん、エリズのことは嫌いじゃない。


 嫌いじゃない、のその先の感情はどうだろう? 好きと言えば、まぁ、好きだ。


 それは恋かと訊かれれば……。


 ちゃんと考えると、体温の上昇を感じてしまう。


 嫌いじゃないし。好きなのは好き。キスしたいかというと、してもいいかな、というくらい。その先についても、まぁ、うん、えっと、別に、その、たぶん、んー、嫌な、わけでは、ない、というか? 自分から誘うつもりは全くないけれど、多少強引にされても、拒む気持ちはないというか?


 ……いや、ここは、先にこれだけ言っておこうか。



「……好きだよ。私だって、エリズのこと、好きだよ」



 囁いた言葉は、空気にそっと溶けていく。


 出会った当初と比べれば、この気持ちは格段に強いものになっている。


 恋しくて胸一杯なんてものとは違うとしても、エリズが傍にいてくれることが、私の心に安らぎを与えてくれる。


 これはきっと、恋っていうか……。その……。いや、うん、恋でいいや。うんうん。



「ヴィーシャさんは、わたしに、恋、してますか?」


「……恋、かもね。でもさ。私の恋は、エリズの恋とはたぶん違う。

 私はさ、恋だ愛だってごちゃごちゃ考えたり胸を熱くしたりするより、一緒にいて幸せだなーとか、安らぐなーとか思えたら、それでいいんだ。それが、私の恋なんだ。

 私は、エリズのことが好きだよ。でも、エリズと同じ形の好きを返すことはたぶんできない。

 きっと、エリズは私を素っ気ないって思う。これからも思い続ける。

 そんなのじゃ満足できないって言われても、私は困る。私には、そういう熱い恋は難しい。

 エリズは、どうしたい? 私のあり方が不満で、どうしても我慢できないなら……」


「もう、大丈夫です」



 エリズが私の言葉を遮る。その声は、随分と和らいでいた。



「ヴィーシャさんの気持ち、わかりました。ちゃんと好きでいてくれるって確信できたら、もう大丈夫です。いきなり弱音を吐いちゃってごめんなさい」


「……私が悪いんだよ。いつも、気持ちをちゃんと言葉にしないから」


「それはそうですね」


「……まぁ、うん」



 私が悪いのだけど、はっきり指摘されると複雑な気分だ。



「わたし、ヴィーシャさんの恋の形、受け入れます。だから、ヴィーシャさんも、わたしの恋の形を受け入れてください」


「……こうやって抱きついてくることとか?」


「はい。それに……」



 エリズが私の拘束を解く。それから、私の正面に回り込んで、両手で私の頬を包み込んでくる。



「ヴィーシャさんは、キスをしたこと、ありますか?」


「……ない」


「初めて同士、ですね?」



 エリズが目を閉じて、唇を重ねてくる。


 拒みはしない。ただ、体が強ばった。嫌だったのではなく、緊張しただけ。


 エリズの唇は柔らかくて、温かかった。触れたところから何かが私の中に入ってくるようで、魔力でも注がれているのかなと思った。その魔力と一緒に、エリズの心とかまで入ってきているように思えて、心まで重ねられている気がして、気恥ずかしくなった。


 長くはないキス。


 エリズが離れて、ふふっとたおやかに微笑む。



「ヴィーシャさん、顔、真っ赤です」


「……うるさいな。初めてなんだから仕方ないでしょ。エリズだって赤いじゃないの」


「わたしはいいんです。ヴィーシャさんとキスできて嬉しいんですから、興奮もしますよ」


「……あ、そ。気が済んだならもう寝るよ。明日は自分の足で歩くことになるから、ゆっくり休んでおかないと」



 エリズから離れようとするが、エリズは私の左手を掴み、強引に私を振り向かせた。



「気が済んだなんて、思ってもらっては困ります」


「……だからって、これ以上何かするのはなし」


「仕方ないですね。鹿神様を見つけて、帰ってきてからのお楽しみにしておきます」


「……するな」


「嫌です」



 エリズの手を振り払い、今度こそエリズから離れる。


 エリズから背を向け、荷物の中から寝衣を取り出し、さっさと着替える。すぐにベッドに横たわって目を閉じた。



「灯り、消しといて。じゃ、おやすみ」


「……気持ちがはっきりわかっていると、そういう素っ気ない態度はやっぱり可愛らしいですね。これからもどんどん照れ隠ししてください!」


「……うるさい。さっさと寝て」



 エリズがまた何か言っているが、もう聞こえないことにする。


 エリズがへこんでいるところなんて見たくない。けど、調子に乗らせるのも面倒くさい。


 ……全く、恋愛って面倒ばっかりだ。


 こんなもの私には必要ない……とは、まぁ、言わないんだけどさ……。

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