第35話 もし
「それとですね、ヴィーシャさんって、わたしの魔力を取り込んでも平気な顔するんですよ」
エリズがそう言葉を続けた。
「……魔力を取り込む? どういうことですか?」
「たぶんヴィーシャさんは気づいてもいないんですけど、わたし、ちょくちょくヴィーシャさんの中に魔力を注いでいるんです。噂でしか知りませんが、精霊の魔力を注がれると、人間はそれを気持ち悪く感じるはずなんです」
「へぇ……。それ、どんな感じですか?」
「こんな感じです」
エリズが布団の中でラーニャの手を掴む気配。
「うわっ!? 何ですかこれ!? 気持ち悪っ。体の中を無理矢理浄化されて爽やかな風が吹き抜ける感じなんですけど!?」
「やっぱりそうなんですね。ちなみに、ヴィーシャさんは何か感じます? 今、わたしの魔力を注いでますけど」
「え? いや、エリズと触れてるところが少し温かいかなっていうくらい」
少し体温が高めかな? と思うくらいで、魔力を注いでいると言われなければ気づかないほどだ。
「ヴィーシャさんのそれ、体質的に変なんだと思います。精霊の魔力……もしくは、他人の魔力が体によく馴染むようです」
「……なんでそんなことに?」
「さぁ? 何故でしょう? 生まれ持った性質なのか、狼さんとの交流の中で何かが変質したのか……」
「……ふぅん。まぁ、どっちでもいいけどさ。っていうか、なんで私に魔力なんて注いでたの?」
「それはもちろん……」
エリズが私の耳に唇を寄せ、ひそりと囁く。
「子作りの準備ですよ。わたしの魔力をヴィーシャさんに馴染ませることで、子作りをしやすくするんです。もしかしたら、ヴィーシャさんには必要ないことだったかもしれませんが」
「……ああ、そう」
こっそりとそんな準備を進めないでくれ。こっちの自覚なしに、気づいたら子持ちになっていたとかは困る。
二人きりだったら色々と文句も言うが、エリズが私との子供を作れるという話はまだ他の皆には内緒にしている。話は後だ。
「二人でこそこそと楽しそうですね。あたしには言えないことですか?」
ラーニャが不満げに私の脇腹をつねる。
「……今は、ね。そのうち話すよ」
「本当ですか? ちゃんと聞かせてくださいね?」
「わかったわかった」
「なら、今はいいです。あと、もしかしたらですが、師匠は精霊の
「精霊の
「精霊を体内に宿すことのできる特異体質です。詳細は不明で、噂でしか聞いたことがありませんが、精霊を宿すことで精霊と同等の力を扱えるのだとか」
「……なんだかすごそうだけど、もし宿せるとしても、まず精霊を召喚できないと意味ないじゃん」
「ですね。だから、その素質はあっても、ヴィーシャさんはそのことに気づかなかったのだと思います」
「……そうだったとして、何か不都合あるかな?」
「もし他の精霊さんに会うことがあれば、エリズさんのライバルが増えるかもしれませんね。精霊の
ラーニャの言葉で、エリズがぴくりと反応。
「……ヴィーシャさんに、他の精霊は近づけさせません」
「それがいいかもです。ま、こんなのはあくまで根拠のない憶測ですが」
「……ヴィーシャさんはわたしのです」
「独占欲を出し過ぎると、師匠がうんざりしてしまうかもしれませんよ?」
「わたしのですっ」
エリズは私を抱きしめて離さない。抱き枕じゃないんだから程々にしてくれ。
「……あやふやなことをいつまでも話しててもしょうがない。明日も旅は続くし、もう寝よう」
「そうですね。で、ラーニャさんはいつまでそこにいるんですか?」
「ふわぁあ……。もう眠くて体が動きません……。おやすみなさーい……」
「ラーニャさん! 同じベッドで寝ていいとは言っていませんよ!」
ラーニャからの返事はない。すぅすぅと寝息らしきものをたてるのみ。
「エリズ、落ち着いて」
「……落ち着けません」
「私はラーニャと恋仲になるつもりはないよ」
「……今は、そう思っているかもしれませんね」
「エリズは用心深いなぁ」
「それだけヴィーシャさんのことが好きなんです」
エリズの好意は嬉しい。エリズに余計な心配をさせたいわけでもない。
エリズに対して、恋をしているかというと、よくわからないけれど。
……わからないけれど!
「心配しなくても……私はエリズとずっと一緒にいるよ。だから早く寝て」
「……それ、わたしへの愛の告白ですか?」
「知らない。私ももう寝る」
「ヴィーシャさんっ。今のはどういう意味ですか!」
エリズが小声で話しかけてくるが、全て無視。
やがてエリズが諦めて……頬に柔らかな感触。
え? 今のは?
「もういいです。わたしも寝ます!」
エリズが大人しくなり、部屋の中も静かになる。
エリズが私に何をしたのかはなんとなく察していて、変にドキドキしてなかなか寝付けなかった。
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