第12話 家路

 薬草採取の報酬として、十万リンを受け取った。月に一度か二度の依頼だが、私がこなす依頼の中ではかなり報酬が高い。


 もっとも、十万リンのうち一割は税金として取られ、もう一割は召喚士ギルドに手数料として支払うので、私の手元に残るのは八万リンだ。


 また、他のギルドだと納品や報酬の受け取りはギルドの施設内で行うのだが、うちは極小ギルドで人員が不足しているため、それらを概ね各自でこなしている。


 次回、召喚士ギルドに赴いたときに、依頼達成の証明書、税金、手数料をギルドに渡さなければならない。


 用件が済んだら、私はエリズを引っ張って薬屋を後にした。これ以上からかわれるのは困る。



「エリズ、今日はお疲れさま。特にすることもないのに、わざわざ連れ回して悪かったね」


「何を言いますか! わたしはヴィーシャさんと一緒にお出かけできて楽しかったので、悪かったなんて思わなくて良いのです!」


「あ……うん。わかった。そうだね」


「ピクニック、楽しかったですね! また行きましょう!」


「……うん。また行こう。薬草採取の依頼は定期的にあるし、機会はあるよ」



 さて、まだ日は高いので、急いで家に帰る必要もない。



「エリズ。疲れてないなら、町を案内してもいい。どうする?」


「案内してもらいたいです! まだまだデートは続くということですね!?」


「あ、いや、そういう認識が合っているかはちょっと……まぁ、なんでもいいや」


「けど、ヴィーシャさんこそ、大丈夫ですか? 人間は体力がないと聞きますよ?」


「精霊様ほどじゃないにしても、一日歩き回るくらいはできるよ」


「そうでしたか! でも……」



 エリズは、言葉の続きをわざわざ耳打ち。



「わたし、回復魔法も使えるので、疲れたときは言ってくださいね?」



 エリズは翠星族であるという設定であり、翠星族は回復魔法を得意としていない。回復魔法を使えるというのは設定と矛盾しているから、私にだけ聞かせたかったのはわかる。


 ただ……エリズの声は綺麗だから、耳打ちなんてされると変に緊張してしまう……っ。



「……わ、わかったから、少し離れて」


「はい。……それにしても、なんとなく、ヴィーシャさんの言動を見ていて思ったんですけど。そうやってわたしから距離を取ろうとしているとき、むしろ離れてほしくないって思ってません?」


「それは誤解だから! 絶対誤解だから!」


「そうですか? ふぅん……?」



 エリズの得意げな笑みに苛立つ。勝手に誤解するな。本当は誤解じゃないとしてもだ!



「とにかく、人間の町、興味あるんでしょ!? ほら、行くよ! 兎の塩焼きより美味しいご飯もたくさんあるから!」


「お、それはいいですね! 美味しいお肉、食べたいです!」



 食べ物で釣りつつ、エリズに町を案内する。


 まずは食事処、雑貨屋、服屋、本屋、魔法具屋、魔法書屋……と巡っていくと、エリズはとても楽しそうにしていた。精霊様の世界にはこういうお店がないそうで、どれも新鮮に映ったようだ。



「……精霊様って、高位な存在ではあるけど、意外と文化レベル低い……?」



 途中、若干失礼ながらそんなことを口にしてしまったが、エリズは怒りもしないで肯定した。



「低いと思いますよ。精霊って高度な魔法は使えますけど、それ以外は特に発展していません。そもそも文化を発展させる意味があまりないんですよ。ほとんど食事を摂らなくても死にませんし、縄張り争いのようなこともしませんし、娯楽もあまり求めず、なんとなくのほほんと生きているだけで満足しているので」



 精霊様の生活を考えると、私だったら退屈過ぎてやってられないかもしれない。



「人間の世界は面白いですね。自由自在に魔法を使えるわけではなくとも、不自由を解決するために創意工夫をする知恵があります。短い生を充実させるために一生懸命で、活力にも満ちています」



 精霊様には、矮小なる人間がそういう風に映るらしい。


 人間の世界で生きていると当たり前のことが、案外当たり前でもないのだな、なんて思った。


 町を軽く一回りしていたら、程良く日が傾いてきた。興行ギルドがやっている演劇や演奏会にも連れて行こうかと思ったが、今日一日では時間が足りなかった。



「そろそろ帰ろうか。他にもいくつか面白いものはあるけど、また今度」


「はい。そうですね。楽しい一日をありがとうございました!」


「普通に町を案内しただけだよ」


「それでも、楽しかったのは確かです!」


「……そ。なら良かった」



 ゆっくり歩いて家を目指す。


 いつも家路につくときは一人なのに、今日はエリズがいる。誰かと一緒に帰るのは少し懐かしい感覚だ。



「……家に帰っても、一人じゃないのか。悪くないな……」



 誰にともなく、小声で呟く。



「ん? 何か言いました?」


「……ううん。なんでもない」



 トゥーリアに来たのは二年前。家族のいない一人暮らしにも既に慣れていたはずなのに、意外とそうでもなかったのかもしれない。


 エリズが隣にいてくれると、心が少し温かい。



「本当ですか? 恥ずかしがって、わたしへの好意を隠しているんじゃないですか?」


「……そ、そんなんじゃないし! 変な誤解しないで!」


「そうやって慌てるところが怪しいですね。ヴィーシャさん、隠しても無駄ですよ?」


「無駄とか、無駄じゃないとか、そんなんじゃないって!」


「……ま、そういうことにしておいてあげましょう」



 エリズはふふん、と得意げに笑うばかり。この笑顔は嫌いだ。



「エリズのバカ」


「急に幼稚になりましたね。それは、わたしに心を許したという理解でいいですか?」


「そんなんじゃないって! もう黙ってて!」



 心を許し始めているという理解で、もしかしたら合っているのかもしれないけど、そんなことはいちいち指摘するな! バカ!


 エリズは、家に着くまでしばし沈黙を保った。ただ、その唇の端は妙につり上がっていて、私の心をざわつかせた。

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