第11話 薬屋

 食事を終え、トゥーリアの町に戻ったら、東区にある薬屋に赴いた。


 こちらとしてはタイミングが良いことに、お客さんの姿はない。カウンターに立つティトさんが、私を見てにこりと微笑んだ。



「あら、いらっしゃい、ヴィーシャ。薬草を届けてくれたのね? いつもありがとー」



 ティトさんは黒いローブを着た青髪の魔女で、年齢は二十代半ば。人族なので見た目と実年齢はだいたい同じだ。少し緩い雰囲気をまといつつ、妙に色っぽいので、ティトさんに会うためにやってくる男性も多いと聞く。



「こちらこそ、いつもご依頼ありがとうございます、ティトさん」


「ヴィーシャは仕事が早くて丁寧だから、こっちとしても助かってるのよ。傭兵ギルドに頼んだらいつ必要な量が集まるかわからないし、魔法使いギルドに頼むと自分で行けって言われちゃう。商人ギルドから買うと高くつく。やっぱりヴィーシャに頼むのが一番だわ」


「いつもご贔屓にしてくださってありがとうございます。私の地味な召喚魔法がお役に立てて光栄ですよ」



 薬草の入った籠をカウンターに置く。ティトは満足げに頷き、いつもなら薬草の状態を確認するところだが。



「ところで、仲睦まじげに手を繋いでいるその可愛い女の子は誰なのかなー? 見ない顔だよね。チョーカーがついているってことは、ヴィーシャが召喚したの?」


「ああ……はい。翠星すいせい族の女の子で、エリズって言います。色々と試しているときにたまたま召喚できたので、パートナーとして傍に置いています」


「初めまして! エリズです! ヴィーシャさんを好きなことくらいしか取り柄がありませんが、どうぞ宜しくお願いします!」



 おい、なんだその自己紹介は。私を好きとか、初対面の相手に言わなくていいのにっ。



「私はティト。薬屋をやっているわ。宜しくね? それで、ヴィーシャが好きっていうのは……もしかして、友達としてではなく、恋とか愛とかの意味なのかな?」


「はい! わたし、ゆくゆくはヴィーシャさんと結婚するつもりです!」



 私が答えるよりも先に、エリズが意気揚々と言い放つ。私とエリズが既に恋人同士であるみたいな認識を持つのはこの際許すけれど、誰彼構わず、私たちがそういう関係だって紹介しないでくれ……。



「へぇ、へぇ、それはそれはおめでたいわね! ヴィーシャ、とってもいい子なのに、妙に自己評価が低くて暗い顔しているからか、なかなか恋人とかできなかったのよー。いい人に出会えて良かったわぁ」


「わたし、ヴィーシャさんを必ず幸せにします!」


「うんうん。頼もしい恋人ね。私も一安心」



 二人の間で勝手に話が進んでいく。が、ちょっと待て。



「……ティトさん。あっさり受け入れてますけど、女同士だっていうところに何の突っ込みもないんですか?」


「愛があれば性別なんて大した問題じゃないわよー。男女の恋人関係や夫婦関係が必ず上手くいくわけでもあるまいし、好き同士ならそれでいいじゃないの。それにこの町、同性婚を禁止してもいないわ。同性夫婦の数は少ないけどねー」


「……そうですか。ティトさん、結構自由なんですね」


「恋にも愛にも決まった形なんてないもの。自由であって当然よ」


「……かもしれませんね」


「ちなみに、今日はどうして手袋? いつもはしてなかったわよね?」


「あー、これは、その……なんでも、ないです、よ?」


「……ヴィーシャが言いよどむなんて珍しい。そんなに重大な秘密があるのかしら?」


「ないです。何もないです。気にしないでください」


「聞いてくださいよティトさん! ヴィーシャさん、わたしとお揃いの指輪をしているの、恥ずかしいからって隠したがるんですよ!」


「わ、ちょっと、エリズ!?」


 エリズが私の左手の手袋を取り、薬指の指輪をティトに見せる。さらに、エリズ自身がつけている指輪もティトの目の前へ。



「これは……まぁまぁ、確か、西の方の国で言う婚約指輪という奴かしら? へぇ、へぇ、単なる恋人同士じゃなくて、もう婚約までしているの? 素敵な話ね!」


「うー、あー、いや、これは……その……」


「はい! 婚約もして、死が二人を分かつまで共にあることを誓った仲なんです!」



 これは夫婦めおとの指輪という特殊な魔法具である、と説明できない以上、ごく普通の婚約指輪をはめているのだと説明するしかない。


 エリズの堂々とした宣言が、ある意味当意即妙な反応ではある。


 それはわかる。わかるけど……恥ずかしいなぁ! もう! 婚約とか結婚とか、そんな話が出るだけで私は恥ずかしいんだよ!



「結婚式には呼んでね?」


「はい! もちろんです! ね、ヴィーシャさん?」


「……そのときには、はい、そうします……」



 エリズに合わせて、私もこう言うしかない。



「ふふ? 今はまだ、エリズの勢いに押されちゃってる感じかな? けど、ヴィーシャは奥手だから、これくらい勢いのある恋人が丁度いいんじゃないかしら? いい夫婦になれそうだわ」


「はい! わたしたち、いい夫婦になります!」


「……あの、そろそろこの話題、終わっていいですか。薬草採取の依頼料、お願いします。あと、私とエリズの婚約がどうとか、同じ指輪してることとか、まだ内密にお願いします……」


「あらあら。わざわざ手を繋いで現れるくらいだから、むしろ二人の関係を見せつけたいのかと思った。けど、エリズの勢いにのまれてただけだったかしら?」


「……今この場で見聞きしたことは全て忘れてください」


「それは無理ね。ま、依頼料はちゃんと払わないとねー」



 ティトが実に嬉しそうに微笑みつつ、薬草を確認していく。


 この先、知り合いに会う度にこんな反応をされるのかな? はぁ……。トゥーリアを捨てて、世界を放浪する旅に出た方がいいのかな……?

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