第10話 目標

 霊獣には退散してもらった後、私がナイフで兎をサクッと捌いたら、エリズは若干引いていた。



「……ヴィーシャさん、こういうときは意外とワイルドですね」


「そう? 人間の世界では、小動物の解体くらいなら経験者は多いよ」


「……そうなんですね。わたしはそもそも肉を食べる習慣がなかったので、動物の解体は見るのも初めてでしたよ」


「そっか。でも、精霊様だって何も食べないわけじゃないんだよね?」


「たまに食べますよ。でも、食べるとしても、主に果物とか木の実とかです。食事をするより、草木などから魔力を取り込む方が生きていく上では重要です」


「なるほど。精神体だとそういう風になるのか……」



 そんな話をしつつ、エリズの協力で手に付いた血を洗い流す。なお、今は手袋をはめていない。


 次に、火雨ひさめ青蜥蜴とかげを召喚して、その燃える尻尾で解体した兎肉を焼いた。味付けは塩だけだが、それだけで十分に美味しくなる。


 諸々の準備が終わり、持ってきていた敷物を使いつつ、二人で並んで座る。



「エリズは果物の方がいいかな?」


「いえ、せっかく人間の世界に来たのですから、お肉もたくさん食べたいです!」


「そう? じゃあ、お食べ」



 木の枝に刺した兎肉を手渡す。エリズはそれをかじって、良い笑顔を浮かべる。



「兎さんには悪いですが、お肉も美味しいですねー」


「うん。ちょっと罪悪感はあるけど……美味しい」


「ヴィーシャさんは、生き物を愛でながらも、食べるときにはサクッとやっちゃいますよね」


「生きていくってそういうことだから。殺すときは殺す。そして、いただいた命で、私は精一杯生きる」


「……そうですね。生き物っていうのは、そういう風に生きていくんですよね」


「うん」



 食事を進めながらも、エリズとの会話は続く。



「そう言えば、ヴィーシャさんって、人生の目標とかあるんですか? 人間はそういうのを考えるんでしょう?」


「人間は、って……。精霊様は考えないの?」


「特にないですね。何かをなそうとかは特に考えてなくて、日々楽しく過ごすだけです」


「そうなんだ……。何も目標がないのも退屈じゃない?」


「そうですねー。なんとなく幸せな日々がだらだらと続く感じで、不幸ではありませんが、特別に満たされることもそうありません」


「……ふぅう。話が変わっちゃうけど、精霊様たちは、恋とかしないの?」


「しますよ。ただ、たぶん人間の恋とは違います。精霊って、放っておくと千年くらいは生きるんですけど、そのせいか子孫繁栄とかにあまり関心がないんです。生殖行為をすることは珍しくて、精神的な結びつきで満足します」


「そうなんだ……」


「たまに何かの弾みで生殖行為に及んで、子供をちょこちょこっと産むんです。わたし自身、ウンディーネの中では一番若くて、一番年齢の近い同族は八十歳くらいでした」


「……曾孫とおばあちゃんの年齢差じゃん。じゃあ、同年代の子供と遊んだことないの?」


「ありますよ。サラマンダーの子が五つ上、ノームの子が二つ下、シルフの子が同い年でした。同年代が少ないので、よく一緒に遊びました」


「へぇ……。別の種類の精霊様と交流があるのか。あ、じゃあ、私が呼び出しちゃったせいで、その精霊様たちと会えなくなっちゃった?」


「今はそうですね。でも、たぶん、そのうち会おうと思えば会えるようになります」


「どういうこと?」


「ヴィーシャさんは召喚士なので、わたしの魔力を利用すれば精霊を召喚することができるはずです」


「……え? そうなの?」


「はい。ヴィーシャさん自身の魔力は少なくとも、わたしの魔力を取り込み、うまく制御すれば、精霊召喚もできるはずです。……そういう話を聞いただけなので、実際にできるかは不明ですが」



 そうなると、客観的に見ると私は精霊を召喚できる希代の召喚士になるわけか?


 え、何それ、私には荷が重い……。



「ねぇ、それって、他の召喚士がエリズの魔力を利用することはできないの?」


「無理です。わたしの魔力を利用するには、わたしと精神的に深く結びついている必要があります」


「深い結びつき?」


「要するに、愛し合っているということです」


「……また愛か」


「精霊の魔力を利用することは、普通はできません。しかし、お互いに愛し合い、魂が共鳴し合っているときには、二人で一つの存在となり、魔力も共有できるのです」


「……エリズを友達に会わせたければ、エリズと積極的に愛し合う必要がある、と」


「そうです」


「……ちなみに、エリズが精霊の世界に帰ることは?」


夫婦めおとの指輪がある限りは無理です」


「……エリズ、友達に会いたい?」


「はい。焦る気持ちはありませんが」


「……そう」



 ああ、もう! なんでもかんでも愛の力で解決しようとしやがって!


 子作りならまだしも、友達に会わせるために愛の力が必要だなんてどうかしている!



「気負わないでください。精霊は長寿故に気も長いんです。のんびりいきましょう」


「……そうだね」


「それで、話が逸れましたけど、ヴィーシャさんの目標はなんですか?」


「私にだいそれた目標は……」



 ない、と言いかけて、思い出す。


 半ば諦めてしまっていた、一つの目標。



「……あのね。この世界には、魔物とはまた別で、神獣って呼ばれる高位の存在がいるんだ」


「ふむ」


「英雄譚とか、吟遊詩人の歌の中で出てくる存在。でも、伝説上の生き物じゃなくて、本当に存在している。私は、そのうちの一体に会ったこともある」


「ほう」


「私……世界中の神獣に会ってみたいんだ。でも、私には戦う力がほとんどなくて、神獣の住処に行くなんて無理だって、諦めかけてた……」


「じゃあ、見に行きましょうよ。二人で。幸い、わたしは結構強いので、旅の安全くらいは保証できますよ」



 エリズがさらっと言うけれど、私は軽く罪悪感を覚える。



「いや、でも、そんなの、エリズを都合良く利用するみたいで……」


「存分に利用してください。ヴィーシャさんがそうしてくれなければ、逆に宝の持ち腐れになるだけです。それに、好きな人の力になれるって、それだけで嬉しいものですよ?」



 エリズの笑みに陰りはない。利用されることに、抵抗はないらしい。



「……本当に、いいの? 私、エリズにお返しできるものなんてないよ?」


「そんなことありません。わたしは力をお貸しするので、わたしに面白くて充実した日々をください。

 精霊の世界で生きていれば、決して経験することのなかった素晴らしい日々を。それだけで、わたしにとっては十分なお返しです」



 代わりにわたしを愛してください、とは言わないところが、いいなと思った。


 エリズは、純粋に私の愛を求めている。何かをした見返りとしての愛は、求めていない。



「……わかった。私はエリズの力を借りる。そして、エリズには、素敵な日々をあげる」


「はい。交渉成立ですね?」


「……うん」


「となると、旅に出ることになりますか?」


「えっと……どうしよう。完全に旅暮らしをするつもりもなくて……。トゥーリアを拠点として、たまに一、二ヶ月旅をする……感じかな。私、トゥーリアでの生活も好きだから……。けど、遠くの神獣に会うためには、それも難しいかも……」


「わかりました。ひとまずは、神獣を求めて旅をして、トゥーリアでの生活も大事にして、贅沢で幸せな日々を送りましょう」


「……うん」



 エリズの存在と言葉が、私の背中を押してくれる。


 ただ強いだけじゃなく、私の心までも支えてくれると感じる。


 エリズとなら、どこに行っても大丈夫だと思える安心感がある。



「……ありがとう。エリズ。私のところに来てくれて」


「わたしこそ、呼び出してくれてありがとうございます。おかげでわたし、とってもワクワクしてます!」



 エリズと共鳴するように、私の心も浮き足立っている。


 私の人生が大きく変わっていく予感がした。

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