第9話 ツン
普通なら一日かかるところ、その五分の一以下で終了。子豚たちも、既に元の世界に帰している。
「ほほー、これで一仕事終了ってことですか。案外楽なもんですね」
手提げサイズの籠一杯に積み重なった薬草を眺めて、エリズが言った。
「楽だったのはコヤたちのおかげだよ。人間が自分の手で探したら、二人がかりでも丸一日かかる」
「そうでしたか。じゃあ、このお仕事を数時間で終わらせてしまったヴィーシャさんは、とっても優秀ということですね?」
「いや、私が優秀なんじゃなくて、コヤたちが優秀なのであって……」
「霊獣の手柄は、同時に召喚士の手柄でもあるんじゃないですか?」
「うーん……。それは、微妙……」
「そうですか? まぁ、ヴィーシャさんの客観的な評価はエレノアさんにでも訊いてみますね」
「……お好きにどうぞ。それじゃ、用事も済んだし、帰るよ」
「わかりました!」
二人で帰路につくのだが、相も変わらず、エリズはずっと私の手を繋いでいる。……嫌なわけじゃないから、いいけどね。
途中、日も高くなってきたところで、軽く食事にしようと立ち止まる。
「エリズはお腹空いてる? 昼ご飯、作ろうと思うんだけど」
「いいですね! わたしも食べますよ!」
「そっか。じゃ、ちょっと待って。色々と召喚する」
まずは、
相変わらず可愛い。思わずにやけそうになる。
「お? 召喚ですか? 何をするんです?」
「まぁ、見てて。皆、木の実とか果物とか、食べられるものを採ってきて」
お願いすると、四羽が別々の方向に羽ばたいていく。
「おお、そんな使い方もできるのですね」
「うん。この森では色々なものが採れるから、探してきてもらうと意外といいものが食べられる」
「ヴィーシャさんの召喚能力、普通の生活においてはとっても便利ですね!」
「まぁ、ね。危険なところにさえ行かなければ、これで普通に生活していけるよ。それと……」
別口で、今度は
「今度は猫ですか! ちょっと抱きしめていいですか!? 顔を埋めてすぅはぁしてもいいですか!?」
「この子はダメ。ちょっと気むずかしいから、いきなり接触過剰なことすると逃げちゃう」
エリズがしょぼーんとうなだれる。ちょっと面白い。
「慣れてきたら、ね。ミュー、この辺に兎とかがいたら、狩ってきて」
黒曜猫のミューが、仕方ないなぁ、とばかりにのそのそと歩き去る。その生意気な感じが……。
「小生意気な感じが素敵ですね!」
うん、まぁ、私もそう思うよ。
「……ミュー、私が見てるところだとけだるそうにしてるけど、私の見てないところでは頑張るみたいなんだ」
「何ですかその二面性! 可愛いじゃないですか! わたしも霊獣を召喚してみたいです!」
「……召喚は適性がないとできないからなぁ。単純な魔法は大抵の人が使えるけど、召喚魔法はエリズには無理だと思う」
「むぅー。ずるいですよ、ヴィーシャさん! 可愛い霊獣たちに囲まれて、ハーレム生活を満喫だなんて!」
「ハーレムって……可愛い子たちではあるけど……」
「わたしにももっとお触りさせてください! モフモフもさせてください!」
「……帰ってからね。ダメとは言わないから、少し我慢してて」
「約束ですよ! 破ったら、ヴィーシャさんでこの欲求を満たしますからね!」
「私に何をするつもり!?」
「お触りしたりモフモフしたりくんかくんかしたりです!」
「あんた、それでも精霊なの!? 威厳とか全くないんだけど!?」
「わたしだって好きで精霊に生まれたわけじゃありません! 勝手にわたしに威厳を求めないでください!」
「それは、うん……そうだね……。ごめん」
好きで精霊に生まれたわけじゃない、か。
精霊に生まれれば、私のような平凡な召喚士よりはよほど恵まれた生活ができるとは思う。
それを、必ずしも喜ぶ者ばかりじゃないということか。
その気持ち、わからないでもない。自分が精霊になった姿は想像できないけれど、もし自分が貴族などに生まれていたら、それは窮屈だっただろう。
衣食住は平民よりも充実しているだろうが、代わりに貴族としての立ち振る舞いを求められるし、平民とは別のしがらみもたくさんある。
お金があっても、衣食住が充実していても、私は貴族にはなりたくない。
「……あ、早速ミューが戻ってきた」
やれやれ面倒なことをさせるなよ、とばかりに、ミューがのそのそと歩いてくる。その口には野兎が一羽咥えられている。
「おお、こんなに早く仕事をこなすなんて、ミューさんは優秀ですね!」
「そうなんだ。ミューは優秀なんだ。ミューに限らず、私の呼び出す子たちは皆、優秀だよ」
ミューが私の足下に野兎をポテッと落とす。
私はその場にしゃがんで、『別にたいしたことしてねぇし』という顔のミューの頭を撫でてやる。
「ありがとう。助かるよ」
ミューはツンとした顔でそっぽを向いている。しかし、その尻尾が軽く揺れていて、褒められて喜んでいるのがわかる。
「……ヴィーシャさん。ミューさんを抱きしめたくて仕方ないので、代わりにヴィーシャさんを抱きしめていいですか?」
「……やめて。エリズは一人で悶えてなさい」
「もう! ヴィーシャさんの意地悪!」
「はいはい」
ミューをたっぷり撫でてやっていると、今度は
拳大の小さな体に似合わず、自分と同じサイズの果物や木の実を持ってきてくれた。一旦、薬草を入れている籠にそれらを入れてもらう。
「へぇ、この森には色々なものがなっているんですね」
「うん。季節によって色々なるみたいでね。冬以外は、この子たちを飛ばすと何かしら持ってきてくれるよ」
「……やっぱり、ヴィーシャさんの能力って普段の生活においては便利過ぎますね。召喚士って、皆そうなんですか?」
「そうでもないかな。何を召喚できるかも相性があるみたい。戦闘特化の強い霊獣を召喚できる人は、案外こういう小動物系の召喚が苦手だったりする。召喚士ギルドの中でも、私は少し特殊な部類」
「そうでしたか……。こうして少しずつヴィーシャさんのことを知っていくと、わたしがヴィーシャさんの元に呼ばれた理由がわかります」
「どういうこと?」
「わたしが好きになる要素を、たくさん持っているってことですよ」
「……そう?」
「わたし、人間の中にはとても怖い者もいるって聞いていました。争いを好み、愛することより憎むことを求める者がいると。でも、ヴィーシャさんは全然怖くないですし、優しくて愛に溢れる人です」
「……べ、別に、私はそんな特別なことしてない。愛とかも溢れてない。だいたい、精霊様の世界にはどんな精霊様がいるの? 私よりもずっと愛に溢れる精霊様たちがたくさんいたんじゃないの?」
「そうでもないですよ。精霊は、決して慈愛に満ちた優しい存在というわけではありません。小動物を愛でる気持ちはあっても、本質的には取るに足らない存在だと思っていることも珍しくありません。
人間を嫌っている精霊も多いです。人間は身勝手でわがままで汚い、と」
「……そうなんだ。もしかして、エリズって精霊様の中では異端?」
「そうですね。異端だと思います」
「……そっか」
「わたし、同じ精霊よりも、ヴィーシャさんの方がずっと好きですよ」
「……はいはい。エリズ、ちょっと好き好き言い過ぎ」
「そうした方がお互い幸せでしょう?」
「こっちは恥ずかしいんだよ……」
若干顔が熱い。誤魔化すように、そっぽ向いて霊獣たちを撫でるのに専念する。
「……ヴィーシャさんって、ミューさんに似てますね」
「どこが!?」
「さぁ、どこでしょう?」
ふふ、と綺麗に笑うエリズが、今はとっても憎らしい……。
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