第8話 子豚
地面に魔法陣が広がり、そこから鼻の白い子豚が五匹現れる。サイズとしては両手でひょいと抱えられる小ささで、戦闘能力は皆無と言って良い。
ただ、この子豚は鼻が利くので、薬草の匂いを嗅ぎ分けて見つけてくれるのだ。
それに……この子たちは、とっても可愛い。思わず口がにやけてしまう。ふふふへへへ……。
「わぁ! 可愛いですね! これがヴィーシャさんの従える霊獣ですか!」
エリズの声で、ふと我に帰る。口元も引き締めた。子豚たちを抱きしめて撫で回したい衝動も、今は抑える。
「……そう、この子たちが、私の力になってくれる霊獣」
「ちょっと触っていいですか!? 抱きしめてぎゅうってしていいですか!?」
「……それくらいは大丈夫だよ」
「ありがとうございます!」
エリズが私の手を離し、一匹の子豚を抱きしめてだらしなく微笑む。
私から手を離すなんて、私より子豚の方が魅力的なのね……とか一瞬頭をよぎったのは、なかったことにする。
「うへへへ……。かぁいいですねぇ……。一匹お持ち帰りしてもいいですか?」
「持ち帰ったところで、ずっと形を維持できるわけじゃないよ。私の魔力が尽きたら向こうに帰っちゃう」
「そぉなんですか? そもそも、霊獣ってなんなんですか? わたしみたいな精霊とは、根本的に何か違う感じがしますけど」
エリズが子豚のお腹に顔を埋めてすぅはぁしている。それ、猫にやる奴じゃない?
「……精霊様とは全く別だよ。
霊獣が普段どこに住んでいるのかの詳細は不明だけど、こことは別の世界と言われてる。普通は感知できない場所なんだけど、召喚士の才能がある人はなんとなくその場所がわかるんだ。
そして、その世界との通路も作ることができる。
それで、召喚士が呼び出した霊獣は、召喚士の魔力を対価として、召喚士のために働いてくれる。召喚士の魔力が尽きれば、元の世界に帰ってしまう。
少し薄情な感じもするけど、基本的に精神体である霊獣は、そもそも召喚士の魔力がないとこの世界で存在を保つことさえできない。だから、魔力が得られなくなれば帰って行くのは当然なんだ」
「ふむ……」
「精霊様と霊獣の住む世界はまた別で、精霊様と霊獣が別の存在だっていうのは、たぶんエリズはわかっていると思う。精霊様は、霊獣よりも高位で強い力を持っている」
「ふむふむ。まぁ、何となく理解しました」
「それは良かった。ちなみに、逆に一つ訊きたい。エリズは平気でこの世界に存在しているけど、魔力が枯渇して存在を保てなくなるとかはないの? エリズも基本的には精神体なんだよね?」
「わたしの魔力が枯渇することはありませんねー。この世界に満ちる魔力は少し薄い感じですが、わたしは世界の全てから魔力を分けてもらうことができます。精霊がこの世界に何千人も押し寄せてきたらどうかわかりませんが、わたし一人分の体を維持することに支障はありません」
「へぇ……世界の全てから魔力を分けてもらう……。そんなことができるの……」
「らしいですよ? わたしは研究者ではないので、詳しいことは知りませんけど」
「……わかった。で、そろそろうちの子を離してくれない? ベタベタされすぎて、ちょっと嫌がってる」
エリズに抱きつかれている子豚が足をばたばたさせている。ぎゅうぎゅうしすぎて苦しくなっているようだ。
「……仕方ありません。帰ってからにします」
エリズが解放すると、子豚は慌ただしくエリズから離れていく。エリズも嫌われることがあるのね、と思うと少し安心した。
「ちなみに、この子たちに名前はありますか?」
「あるよ。リウ、ライ、サリ、アニ、コヤ。エリズがさっき抱きしめてたのはコヤだよ」
「おお、見分けがつくんですね」
「まぁね。微妙に顔つきとか鳴き声が違うから」
「流石です。わたしが惚れ込んだ女の子はそうでなければ」
「惚れ込むほど一緒に過ごした時間は長くないでしょ」
「愛に必ずしも時間は関係ないのです。好きだと感じたら、好きなのです。魂の共鳴なのです」
エリズが立ち上がり、再び私と手を繋ぐ。あるべきものが手のひらにあるような安心感。……なんてことは、ないような?
「……そろそろ、薬草採取始めるよ」
色々と誤魔化すように言ったが、エリズはそれを無視して続ける。
「時間をかけて育む愛があることも承知しています。でも、時間も理論も飛び越えて生じる愛があることも、確かだと思います。わたし、ヴィーシャさんのこと、もう好きですよ」
正面から好意ばかり伝えてこないでほしい。私はまだ特別にエリズを好きってわけでもないはずなのに、動揺してしまう。
「……あ……そう……」
私の素っ気ない態度にも、エリズは不満そうにすることはない。
言葉にしない気持ちは伝わらないはずなのに、私の動揺が見透かされているようで困った。
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