第17話 劇場

「ところで、興行ギルドではどんなことをしているのですか?」



 劇場に向かう途中で、エリズが尋ねてきた。



「色々やってるけど、エリズは、例えば演劇って観たことある?」


「ありません。そういうものがあるというのを聞いたことがあるだけです」


「そっか……。興行ギルドは、演劇、演奏会、見せ物、闘技大会、芸術会……そういう、町の人を楽しませるためのイベントを取り仕切ってるギルドだよ。

 人間はただ仕事してご飯食べているだけじゃ退屈してしまうから、娯楽を提供してくれてるってわけ」 


「へぇ……。人間って、楽しむことに貪欲どんよくなのですね」


「そうだね。おかげで色々な娯楽が生まれてる」


「他の町にいっても、そういうことは行われているのでしょうか?」


「少なくとも、私たちのいるイーデリア王国ではそのはずだよ。この国は興行にも力を入れているから」


「なるほど。……他の町にいけば、またこことは別の興行がある、ということですね。色々な町を見て回るのも面白そうです!」


「うん。きっとそうだね」



 話をしているうちに、劇場に到着。劇場は石造りの堅牢な建物で、この町ではかなり大きな建造物の一つ。厳めしい雰囲気は人を拒むようでもあるし、人を非日常という異世界へ誘っているようでもある。


 劇場は、五日に一度の休息の日には朝から一日開いていて、それ以外の日には午後の少し遅くから開いている。今日は休息の日で、面白いと評判の演劇が公演されているからか、朝から多くの人で賑わっていた。



「なんだか、建物を見るだけでもワクワクしますね!」



 エリズが子供みたいにそわそわしている。尻尾があったらゆっさゆっさ揺れているところかな。



「……劇の途中で変に騒がないでよ? 基本的には静かに観るのがマナーだから」


「基本的には? そうじゃないときもあるんですか?」


「そりゃーね。驚いてほしいところ、笑ってほしいところ、泣いてほしいところ……。そういう、演じる側が観客に心を動かしてほしいと思っているところでは、素直に反応すればいいよ」


「なるほどなるほど。では、わたしはいつも通りいればいいってことですね!」


「ん……まぁ、そういうこと」



 ニッコニコのエリズ。感情を素直に表に出せるのは、少し羨ましいかもな。


 四人で劇場内に足を踏み入れる。大きな門をくぐり、赤い絨毯の上を歩く。内装は凝っていて、豪奢な飾りがそこかしこに散りばめられている。私は王城に入ったことはないけれど、こんな雰囲気だろうか。


 入り口の正面に受付があり、そこで入場料を払う。大人は一人二千リン。なお、ローナが今日の分の費用を払おうとしてくれたのは、断った。一日の全てをローナのために過ごすわけじゃないのだから、自分たちの分は自分で払う。


 案内に従って通路を歩き、広々とした部屋に到着。客席は三百人分あるのだが、今日は全て埋まってしまうかもしれない。


 一部は指定席だが、他は早い者順。なるべく舞台に近く、角度もつかない席を選ぶ。前から十列目の中央付近で、なかなか良い席。エリズ、私、ルク、ローナの順に座った。


 開演までもう少し時間がある。ルクと一緒に出かけるのは初めてだし、せっかくだから少し話でも……と思ったのだが。



「……ふぅん?」



 右隣のルクは、こちらに関心を向けず、ずっとローナと話し込んでいる。ローナから積極的に話しかけている風でもなく、ルクの目にはローナしか映っていない印象すらある。



「ねぇ、ローナさん。今度、たまには二人でこなせる依頼を受けてみませんか? 初心に帰って、東の森で薬草採取とかどうです?」


「……私は別に構わないよ。でも、急にどうして? 私たちにとっては特に得るものはないんじゃない?」


「ここのところ、ハードな依頼が多かったじゃないですか。もちろん私たちにとっては良い経験になりますけど、のんびりした依頼で気持ちを解すのも良いのではないかと思いまして」


「……つまり、一応は仕事をしていながら、実質的にはもう少し休日気分を味わいたい、ということかな?」


「ローナさん。率直に言って良いことと言ってはいけないことがあるのです。いい加減それくらい学んでください」


「おっと、これは悪かった。私たちは生真面目過ぎてゆったりした気分で休日をすごすこともままならない。だから、緩やかな気持ちで挑める依頼をこなすことで、積極的に気持ちを休める必要があるんだな」


「そういうことです。私たちは休息を取るのが下手なので、一工夫必要なのです」



 二人がクスリと笑い合う。二人でおしゃべりすることが最高の休息だと言わんばかりだ。



「……ふむ」



 つい最近まで、女同士の恋愛について考えることはなく、自分の周りでそういうのが関わるとも思っていなかった。


 しかし、いざエリズに明確すぎる好意を向けられ、ローナの恋心を知ったら、今までとは違った景色が見えてきた。


 ……これ、私が何か探りを入れる必要もないんじゃないの?



「ヴィーシャさん」


「……ん? 何、エリズ」



 エリズがルクとローナの様子を眺めながら、にんまりと微笑む。エリズの目にも、私と同じモノが映っているらしい。


 エリズは別に鈍いわけでも勘違いしがちなわけでもない。ということは、やはりそういうことなのだろう。



「……エリズ。公演中は静かにね」


「はい。もちろんです」



 いっそ私とエリズは少し離れた席に移ってやろうかとも思った。既に私たちの周辺の席が埋まっていなかったら、実際にそうしたかもしれない。



「ヴィーシャさん」


「何?」


「公演中だけでも、手袋を外してもらえません?」



 そう言いながら、エリズは右手で私の左手をにぎにぎする。



「……なんで?」


「ヴィーシャさんに直接触れたいからです。決まっているではありませんか」


「……家では手袋してないでしょ」


「わたしは、今、触れたいんです」



 エリズは、いつものことながら自分の気持ちをまっすぐに表現しすぎだ。


 聞いている方が気恥ずかしい。



「……あ、そ。始まってからね」


「……へへ。ありがとうございますっ」



 エリズのことは嫌いじゃない。


 手を握られるの嫌じゃない。


 家では割とベタベタしてくるのも、まぁ、嫌ってほどじゃない。


 ……けど、まだそれだけだ。うん。それだけ。それだけ……。


 自分に言い聞かせていたら、室内が暗くなる。



「これ、もうすぐ始まるってことですか?」


「ああ、うん。そういうこと」


「では」


 

 エリズが私の左の手袋を取り去る。柔らかくて温かいエリズの右手が、私の左手を包み込んだ。



「まだ始まってないよ」



 エリズからの応答はない。別に、私も本気で抗議したいわけではなかったから、別にいいけどさ。

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