第47話 経過
十日ほど鹿神様を探し回ったけれど、残念ながら見つけることはできなかった。
また、エリズの魔力を扱えるようになったとはいえ、いきなり膨大な魔力を制御できるわけでもなかった。
結局はまだ自分の魔力だけを頼りにしたのも、鹿神様を見つけられなかった一因かもしれない。膨大過ぎる魔力をまともに扱えるようになるには、一年くらいかかるのではないかと思った。
それはさておくとしても、
ルクの探知魔法などを使っても、やはり見つかるのは普通の動物たちだけ。これは単に運が悪いとかの問題ではなさそうだ、と思い至った。
鹿神様は、もしかしたら自分の姿を完璧に隠す手段を持っているのかもしれない。並の魔法使い程度では破れない、強力な手段だ。そうだとすると、探し回っても見つからないのは道理。
普段は森にいない……という案は、流石に違うかなと思う。やはり、隠れるのが上手いのだと思う。
こちらから探しても見つけることができないのなら、鹿神様に会うのは難しいかもしれない。大人しく、森の中を当てもなくさまようしかないか……。
「ある程度覚悟はしてたけど、ここまで見つけにくい相手だとはね……」
森から帰った夕方。宿の食堂で食事をしながら、私は溜息と共にぼやく。
鹿神様を探し始めた当初は明るかった他の四人の表情にも、陰りが見えている。皆、体力的には問題ないのだが、精神的に少し疲れていた。
「皆、ごめん。私のせいで、不毛な探索をさせちゃって……」
私が神獣に会いたいなどと言わなければ、皆を巻き込むこともなかった。
そう思ったけれど、四人は首を横に振る。
「わたしはヴィーシャさんの隣にいるだけで幸せなので、鹿神様に会えなかったとしても、楽しい旅だったと思うだけですよ」
エリズが微笑む。このメンツで一番元気があるのは確かだ。
そして、ローナが続く。
「私も神獣には興味があった。こんな機会がなければ神獣に会いに行こうとも思えなかったから、いい機会をもらえたと思ってるよ。見つからない可能性も考えてついてきたんだから、ヴィーシャが謝る必要はない」
「……そう?」
ローナだけではなく、ルクとラーニャも頷いた。
「すんなりと良い結果が出ることばかりではありませんよ。こうやって、ままならないことを嘆く時間も、いつか良い思い出になるでしょう」
「一人でやってたら辛いだけですけど、なんだかんだ皆さんと交流する時間にもなっているので、あたしは楽しいですよ」
「……そっか。そう言ってもらえるなら、私も心が軽くなるよ」
今すぐにトゥーリアに帰ったとしても、まぁ、そう悪い旅じゃなかったと思えるのだろう。
でも、やっぱりできることなら目的を達してから帰還したい。
鹿神様に会うだけなんて、客観的に見れば実にどうでもいい話なのかもしれない。それでも、私の中に確かにある情熱めいたものを、大事にしたい気持ちもある。
特別なものを得るために動くのではなくて、憧れに突き動かされるのも、そう悪いことではないと思うのだ。
ぐだぐだとおしゃべりをしたり現状を嘆いたりしながら食事をしていると、食堂に三人の屈強な男たちがやってきた。
体格の良さからして、傭兵などを生業にしているのだろう。宿の食堂を利用しているということは、旅をしているのかな。
それとなく三人の会話を聞いていると、どうやらあの三人も鹿神様を探しに来たらしい。ただ、雰囲気がどうも怪しい。鹿神様を生け捕りにして、珍獣を集めている貴族などに高く売りつけようとしているようだ。
他の四人もその会話を聞いていたようで、表情が険しくなる。
「……放置はしたくない、けど」
私には、戦闘能力が足りない。自分の力ではどうにもできなくて、他の四人に、どうにかしてよと頼むことになってしまう。
ローナとルクが顔を見合わせ、渋い顔で言う。
「私としても同意見だが……」
「彼ら、強いですね。勝てない相手ではないかもしれませんが、戦えば誰かが大怪我をする恐れもあります」
「安易な接触は危険だな」
「……まぁ、私、ローナ、ラーニャが戦った場合の話で、エリズさんが参戦するならまた話は別ですが……」
エリズに視線が集まる。エリズは微笑を浮かべながら、のほほんと言う。
「ヴィーシャさんが力を貸してくれと言うのなら、もちろん力を貸しますよ? 力ずくでとめますか?」
エリズの強さはわかっている。一人でもあの三人をとめられるだろう。
「……私の希望としては、エリズには戦ってほしくないかな。エリズの力を頼りにして他人を屈服させるのは、とても危ういことのような気がする」
ここでエリズに頼ってしまったら、いざとなれば全部エリズに任せればいいと安易に考えてしまうようになる気がする。私は決して強い人間じゃないから、一度一線を越えれば、発想の根本が大きく変わってしまう。
「ヴィーシャさんがそう言うのでしたら、わたしが何かすることは控えます」
「うん……。かといって、言葉での説得が通じる相手でも、なさそうだよね」
彼らからすれば、私たちはただの小娘五人。言うことを聞く義理はなく、むしろ反感を買って、より危険なことをやりかねない。
「森の中では悪いことができないって聞くし、ここは鹿神様の力を当てにするのがいいのかな……? あえて誰かに守られなくても、森の安全は守られて来たわけだし」
「そうかもしれない。あと、とりあえずもうここを出よう。彼らがこちらに関心を持つ前に」
ローナに促されて、私たち五人は食堂を出る。こちらは女子五人だから、女として関心を持たれると厄介なのも確か。
そそくさと各自の部屋に入り、扉を閉める。
「……何事も起きなければいいけど」
そんな私の希望は、翌朝には打ち砕かれることになった。
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