第48話 誘拐

 メディルが帰ってこない、という知らせを聞いたのは、翌日の夕方のことだった。


 私たちは、一日だけ鹿神様の捜索をお休みしていた。あの男たちと森の中で遭遇すると厄介だと思ったので、様子を見ていたのだ。


 そのおかげで私たちは平穏に過ごすことができたのだが、夕方にメディルの母親が私たちのところにやってきて、メディルのことを告げてきた。


 なお、町に戻る度にメディルとは会っていて、メディルのお店にも行っていたので、その両親とも面識はあった。宿の場所も話したことがある。



「……メディルが帰ってこないって、どういうことですか?」



 宿の受付付近にて、私はメディルの母親に尋ねる。


 彼女は、メディルと同じ金髪の女性で、普段はきっと朗らかに笑う人なのだろうが、今はひどく不安そうにしている。



「メディルにちょっとしたお使いを頼んで、それから帰ってきていないの。もしかして、あなたたちと会ってお話でもしているのかと思ったのだけれど……」


「私たちは会ってないです。鹿神様捜索の結果はメディルにも伝えるようにしていましたが、今日は捜索もしていなくて」


「……そう。一体どこに行ったのかしら? 何の断りもなくどこかに行ってしまう子ではないのに……」



 私から見ても、メディルはそういう子ではなかった。そうなれば、メディルが何かしらに巻き込まれている可能性がある。



「……あの、私たちでメディルを探してみます。あなたは、別の心当たりを探してみてください」


「……いいの? こういうの、どこかのギルドを通して正式に依頼した方がいいんじゃないかしら?」


「私たちもメディルのことが心配なので、依頼がなくても探しますよ」



 エリズたち四人も頷く。



「……ありがとう」


「では、急ぎ探します。皆、行こう」



 宿を出て、私とラーニャは金陽雀きんようじゃく黒鈴鳥こくりんちょうを召喚。メディルを探してもらう。ただ、町中の目立つところにはいないようにも思うので、あまり期待はできない。



「……この町って、犯罪が多いんだっけ?」



 私の問いに、ローナが答える。



「いや、比較的少ないみたいだ。もちろん、犯罪ゼロの完璧な平和が実現できているわけもないが」


「……そっか。人攫ひとさらいの可能性もゼロじゃない……。でも……」


「たぶん、同じ事考えてると思うけど、あの三人が怪しい気がする」


「……うん」



 あの三人は、鹿神様を探していた。全てを力ずくで解決しようとする連中でなければ、町で情報収集くらいはするはず。その中で、鹿神様と頻繁に会っているメディルの話を聞いてもおかしくはない。



「メディルを餌に鹿神様をおびき寄せる……とか、考えたのかな」


「かもしれない。ただ、たぶん、メディルはジュナルの森にいると思う」


「だよね。……ラーニャ、私の金陽雀はほどほどのところで切り上げるから、ラーニャの方で町中の捜索を続けて」


「わかりました」


「それで、私たちはジュナルの森に行こう」



 四人が頷く。



「そうと決まれば……行くよ、雪那せつな大鷹おおたか



 ローナが巨鳥を召喚する。主に戦闘において活躍させているものだが、今回はその背中にローナとルクが乗る。



「私とルクは先に行ってる。悪いけど、二人しか乗れないから三人は地上から来てくれ」


「わかった。追いかける」



 巨鳥が飛び去っていく。ローナとルクだけでも先に行ってくれるのはありがたい。私たちは、地上を走ってジュナルの森に向かった。



「……メディル。無事でいて」



 祈りながら、ひたすらに走った。



 ☆ ☆ ☆


 (side メディル)


 鹿神様を捕まえに来たという三人組の男に、拉致同然で連れてこられたジュナルの森。


 いきなり「鹿神様のいるところまで道案内をしろ」と命じられ、本当なら断りたかった。


 しかし、屈強な男三人に囲まれた状態で、拒絶することはできなかった。そうすれば自分の身が危ういし、さらに言えば、この男たちは家族にまで手を出すとほのめかしていた。


 あれから随分歩いて、もう日がだいぶ傾いている。


 このまま聖域に案内することには抵抗がある。でも、今は大人しく従うしかない。


 少なくとも、森の中で悪さはできない……はず。だから、この森にいる限り、安全ではあるはずなのだ。


 メディルが帰ってきていないことを、お母さんは既に把握している。そうすれば、おそらくヴィーシャたちに相談しにいくのではなかろうか。ヴィーシャたちはそれなりに強いらしいし、捜索用の魔法も使えるから、メディルたちを見つけるのも、メディルを助けることも、難しくないはず。


 今は大人しく従う。でも、それもヴィーシャたちが助けにきてくれるまで。


 だから、大丈夫。きっと。



「……ねぇ。メディルに聖域までの道案内をさせたところで、鹿神様はあんたたちに会いには来てくれないと思うよ。こんなの無駄だよ」



 無抵抗に道案内をするのはしゃくなので、文句くらいは言ってやる。



「お前は黙って案内すりゃいいんだよ!」


「こっちには考えがあんの!」


「俺たちが腕っ節だけだと思ってんじゃねぇぞ!」



 男の一人から、頭を小突かれた。男からすると軽い冗談のようなものだっただろうが、メディルにとってはかなりの衝撃。普通に痛い。


 森の呪いにでもかかってしまえ……と思うのに、男たちには特に変化はない。この程度では、森も反応してくれないようだ。


 もし、男たちがメディルをひどく痛めつけたり、殺そうとしたりすれば、何かしらの呪いがかかると思う。でも、この森は暴力の全てを禁じているわけではないから、多少のことは放置される。



「……厄介だな」



 この三人は、確かにただ腕っ節が強いだけではないらしい。町で情報収集をして、森で悪さをするのはよくないらしいということも知っていたし、メディルがいつも鹿神様に会っていることも知っていた。


 何かしら、鹿神様をおびき出す方法を考えているのかもしれない。もしかしたら、それは本当に有効な手段なのかもしれない。


 そう思うと、この男たちを聖域まで案内するのは気が引ける。


 ……皆、早く来て。


 他人任せで、非力な自分が嫌になる。


 でも、今は頼るしかない。


 鹿神様は……どうか、現れないで。

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