第49話 呼ぶ

 side メディル


 ……結局、聖域まで辿りついてしまった。


 遠回りなどせず、まっすぐここに向かったのは、ヴィーシャたちがメディルを見つけやすくするため。しかし、ヴィーシャたちは間に合わなかった。


 残念だけれど、仕方ない。


 でも、きっと探してくれてはいると思う。もう少しの辛抱……。



「……見ての通り、ここが聖域って呼ばれる場所」



 蒼の泉までは、まだもう少し歩くことになる。そこまで案内はしたくない。でも……。



「ふぅん。ここが聖域、ね。それで、鹿野郎はどこにいるんだ?」


「……わからない。メディルだって、居場所がわかるわけじゃない。いつも、鹿神様から会いに来てくれるだけ」


「じゃあ、呼べよ」


「……呼んだって、来てくれるかはわからない」


「いいから、とにかく呼んでみろって!」



 また頭を小突かれる。痛い。でも、いつだったか転んで頭を打ったときよりはマシかな。


 ……ああ、そういえば、最初に鹿神様に会ったのは、メディルが転けて頭を打ったときだった。もう一年以上前の話。ぬかるんだ地面に足を滑らせて、木の根に頭をぶつけた。


 聖域外の森の中だったはず。そのときは、木の実などを採るために森に来ていて、鹿神様に会おうなんて微塵みじんも思っていなかった。


 鹿神様がひょっこりと現れて、メディルを心配そうに見つめていた。急に現れた不思議な生き物に、それが鹿神様だってことがすぐにはわからなかった……。



「ほら! 早くしろ!」



 また小突かれる。気の短い、嫌な連中だ。男全部を嫌いになりそう。……お父さんは優しい人だから、全部を嫌いになる必要はないとわかっているけれど。



「……鹿神様。出てきてください」



 声をかけてみる。待ってみるが、予想通り、鹿神様は現れない。


 鹿神様は、メディルの呼びかけには応じてくれない。そんなのはわかっている。


 寂しい話、鹿神様にとって、メディルは決して重要な存在じゃない。


 メディルにとっても、鹿神様がどういう存在なのかははっきりしない。心惹かれるものはもちろんあって、大切にしたい。かといって、最優先で大切にする相手でもない。


 メディルと鹿神様の関係は、一体なんなのだろう? 不思議な繋がりだ。



「ふん。本当に呼んでもくるわけじゃないんだな」


「……そうだよ。いつも、向こうの気まぐれで会えたり会えなかったり」


「じゃあ、こういうのはどうかな?」



 男のうちの一人が短剣を取り出し、メディルの首筋に押し当てる。


 怖い。少しでも男が手を動かせば、メディルは死んでしまうかもしれない。



「おい! 鹿野郎! 聞こえるか!? 大人しく姿を現せ! さもなくば、この小娘を殺す! できねぇと思うなよ!? 森の呪いだかなんだかしらねぇが、そっちが何をしてこようと、倒れる前にこの小娘を殺すくらいは簡単だ! あるいは、森を出た後にこの小娘を殺すことだってできる! わかったら大人しく出てこい!」



 ……目の前に差し迫った死の予感に、頭が上手く回らない。怖いって、本当に怖いってことなんだ。そんな変なことを考えてしまう。


 全身から血の気が引く。足が震え出す。指先が冷たくなる。


 誰か、助けて……っ。


 切に願って、目を閉じる。


 ふうわりと、静かな風が吹いた。



「おっとぉ……っ」


「おお……? 入り口からもうここまでですか……」



 ヴィーシャとエリズの声がした。目を開けると、確かにメディルたちの前に、驚きの表情を浮かべる二人の姿。


 そして、二人に加えて……腰まで伸びる長い蒼髪に、銀色の目をした不思議な少女がいた。

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