第50話 やれること
私、エリズ、ラーニャの三人がジュナルの森の中に入ると、不思議な雰囲気の女の子が私たちの前に現れた。
腰まで伸びる蒼髪に、銀の澄んだ瞳。清潔すぎて白すぎるワンピースを着た、十二歳くらいの女の子。見た目は人族のようだけれど、その子が人族ではないことは、すぐにわかった。
夕暮れ時の薄暗い森の中で、少女は淡く蒼い光を
「……あなたは、何者?」
少女は答えない。
静かにこちらに寄ってきて、少女の左手が私の右手を握った。それからくるりと背を向けて、森の奥に向かうそぶり。
「待ってください!」
エリズが手を伸ばし、少女の手を掴む。少女はちらりとエリズを見た後、特に気にした様子もなく走り出した。
「え?」
重力がなくなったかのように、体が宙に浮いた。さらに、景色が一瞬にして後方に流れていく。
少女に手を引かれ、自分が高速で移動していると気づくのに、少し時間がかかった。
困惑しながら、共に少女に手を引かれているエリズを見る。エリズも困惑しており、状況はよくわかっていない様子。
この子は何者で、私たちはどこに連れて行かれているのか?
証拠はないけれど、察しはする。この子は、たぶん鹿神様だ。そして、私たちはメディルのところへ連れて行かれている。
何故鹿神様は少女の姿をしているのだろう? 神獣は、人の姿にもなれるのだろうか? 神獣が精神体に近いとすれば、自分の望む通りに姿を変えることも難しくはない……とか?
神獣の生態はよくわかっていない。研究しようにも、そもそも神獣の出没は気まぐれで、定期的な観察はできないし、捕まえることも困難。自由に姿を変えられるのだと言われれば、ああそうなんだねと納得するしかない。
ラーニャだって二つの姿を持っている。黒い
「……鹿神様を人の姿にするなんて、こっちが考える必要はなかったってことね」
考え事をしていると、すぐに聖域へと到着。
そして、目の前に、短剣を首に押し当てられ、泣きそうな顔をしているメディルの姿。その後ろに、例の屈強な男たちが三人。
「おっとぉ……っ」
「おお……? 入り口からもうここまでですか……」
重力が戻り、地面に降り立つ。一瞬バランスを崩して倒れそうになるが、どうにか踏ん張る。
「なんだ、お前ら」
メディルを拘束している男が、怪訝そうな顔をする。
「……えっと。私たちは、メディルの友達。メディルを離して」
「……はぁ? なんでお前の言うことなんて聞かなきゃいけねぇ? 俺たちは鹿を探してんだ。うせろ」
たぶん、そのお探しの相手は目の前にいる。
だけど、この男たちはそれに気づかない。姿が変わっただけで、相手の本質が見えなくなってしまうようだ。こんなに神聖な雰囲気を
「ヴィーシャさん。わたしがやりましょうか?」
エリズからすれば、この男たちは大した敵ではない。
逆に、私からすると、この男たちは十分な脅威。
メディルを助けるなら、エリズの力を借りるのが一番手っ取り早い。
ただ……どうして鹿神様は、最初に私の手を取ったのだろう? エリズが鹿神様の手を掴まなければ、おそらく私だけをここに連れてきたはず。
私一人で、この状況をどうにかできると判断した? 非力な私に、何を期待した?
……もしかして、暴力的な行為は、誰かを助けるためであってもダメなのだろうか? だとすると、単純にエリズが力で男たちを倒すことはできない?
となれば、私一人の力でどうにかするべき?
……考え込む時間はない。直感を信じて、やれることをやろう。
「……エリズ。メディル。大丈夫、私がどうにかするから」
「はぁ? お前に何ができる? 魔法使いか何かだろうが、その貧弱さで俺たちに勝てると思ってんのか?」
「……勝つつもりはないし、勝つ必要もないよ」
右の手のひらの中で、こっそりと召喚。小さな蜂を、三匹。
私の体で存在を隠しつつ、地面すれすれを飛行させて、男たちに接近させる。
それと同時に、左手で召喚のそぶり。わかりやすく、召喚の陣を出現させる。
「召喚士か? 魔法を使うんじゃねぇ。こいつを殺されたいのか?」
「……怖いの? 私が扱える霊獣なんて大したことないって、わかってるんじゃないの?」
「そんなことはわかってるさ。だが、俺たちは油断をしな……痛っ」
男たち三人が、痛みを訴えた後に体を硬直させる。その隙に接近し、メディルを解放。男たちはまだ動けない。
だが、それもわずかな時間。男たちは体の自由を取り戻した。
「お前……何をした……!?」
憎々しげに睨んでくる三人。その目の前に、三匹の蜂をちらつかせる。
「……
まぁ、こんな取るに足らない虫を扱う召喚士なんて私くらいのものだから、知らないのも無理はないかな」
「ふざけんな! 俺たちの邪魔をしやがって! ただじゃおか……っ」
「『
上空からルクの声が響き、男たち三人が意識を朦朧とさせる。男たちは眠気に抵抗していたが、結局そのまま意識を失って倒れた。
真正面からかけても上手く効果を発揮しないことが多い魔法だけど、不意打ちだったのであっさり眠ってくれた。
「皆、無事か!?」
「怪我はありませんか!?」
巨鳥が降り立ち、その背中からローナとルクも降りてくる。さっと状況を確認し、ほっとした顔をする。
「大丈夫そうだな。でも、どうしてヴィーシャたちが先についてるんだ?」
「何か、高速移動できる魔法でも使えましたっけ?」
「ううん。そうじゃないよ。私たちは、あの子に連れてこられただけ」
鹿神様だろう少女は、メディルの体をぺたぺたと触っている。言葉はなくとも、心配をしているのだろうことはわかる。
「あの子は……?」
「初めて会う子ですよね……? でも、あの雰囲気、もしかして……」
ローナとルクは困惑している。ただ、その正体に察しはついていそう。
メディルはというと。
「……鹿神様。どうして、人の姿をしているの?」
確信を持って、少女のことを鹿神様と呼んだ。見た目は変わっても、すぐに気づいたようだ。
さて、メディルを助けられて一安心ではあるけれど、鹿神様にも会えて良かったねー、で終わらるべきところなのかな?
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