第51話 予想

 メディルの無事を確認して、鹿神様はようやくメディルから離れる。


 それから、すぐに歩き去ろうとしたのだけれど。



「待って! ねぇ、メディルのために、ヴィーシャたちを連れてきてくれたんだよね? それは、ありがとう! それと、姿は変えられても、話はできない?」



 鹿神様は、首を横に振る。それから、メディルの手を振り払って、走り去っていく。


 そのとき、少女の姿が変化して……蒼い鹿に変化した。


 大きさとしては、背の高い成人男性くらいはあっただろうか。既に森の中は暗かったので、その体が淡い光に包まれているのがよくわかった。遠目でもその肢体は美しく、躍動する体には目を奪われた。


 ただ……その頭部に立派な角があったことに、困惑。鹿だというのなら、角があるのはたぶん雄だ。しかし、さっきは少女の姿をしていた。


 念願だった神獣の姿を見ることができた感動よりも、困惑が勝ってしまった。



「……鹿神様って、雄なの? 雌なの?」



 私の疑問に、エリズが答える。



「たぶん、雄も雌もないのだと思いますよ。どちらにもなれる……というところでしょうか」


「……そっか。まぁ、神様って言われるくらいだし、性別なんて超越しちゃってるのかもね」



 神獣については、わからないことばかり。鹿神様に一度会えたくらいで、その全てを理解できるわけもない。


 きっと、この先色々な神獣に会えたとしても、わからないことだらけなのだろう。理解できないものに触れて、困惑するばかりなのだろう。


 それもいい。というか、それがいいのかもしれない。


 不思議なものに触れて、あれはなんだったのだろうって世界の神秘に困惑するのは、面白いと思う。



「メディルを助けて、鹿神様にも会えた。これで一段落かな。余韻に浸るって感じでもないし……帰ろうか? メディルも、いい?」



 メディルは、まだ鹿神様の走り去っていった方を見つめている。



「……鹿神様、またメディルと会ってくれるかな? あの姿、本当は見られたくなかったんじゃないかな?」


「大丈夫だよ。また、ひょっこり姿を現してくれる。まぁ、もしなかなか姿を現してくれなかったら、私たちと一緒に探そう。トゥーリアの召喚士ギルドに手紙の一つでも送ってくれたら、また会いに来るよ」


「本当? ……ありがたいけど、ヴィーシャたちが探しても鹿神様は見つけられなかったからな……。あんまり意味ないかも……」


「……はっきり言うなぁ。確かにそうだけどさ……」



 ともあれ、帰路につこうとしたところで、メディルが再び口を開く。



「……ねぇ。鹿神様と友達になれると思う? 今まで、なんとなく惹かれるものがあったから会いに来てたけど、あんな風に人の姿にもなれるなら、友達になりたい、かも。森の中だけじゃなくて、一緒に町を歩いたり、旅をしたり、できたらいいな……」


「なれるよ。大丈夫」



 私が明言すると、メディルは首を傾げる。



「妙に自信ありげだね。何か知ってるの?」


「ん? あ、メディルには狼さんのこと、話してなかったか。……たぶん、神獣で、私の友達。何年も会ってないけど、私は友達だと思ってる」 


「神獣の友達? え? そんなのがいたの? 気になる。教えて!」


「わかった。けど、今は早く帰ろう。お母さんも心配してる」


「あ、うん。そうだよね。何も知らせずに来ちゃったし……」


「さ、行こう。えっと、ここは、ローナが先にメディルを連れて飛んでいく方がいいかな。私たちは後から追いかけるよ。もしかしたら、町に着くのは夜明け頃かも」


「ああ、わかった。メディルは私が連れていく。この男三人は……まぁ、捕まえて連れて行くのが難しければ、放置するしかないか。たぶん素性はわかるだろうから、衛兵にでも報告しておこう。何かしらの処分はくだしてくれると思う」


「そうだね。……あ、そういえば、ラーニャを置いて来ちゃったんだ。ごめん、ローナ、途中でラーニャにも声をかけておいて」


「わかった。……ラーニャは一人きりか。急いで声をかけないと可哀想だな」



 ローナはメディルと共に雪那の大鷹に乗って去っていく。


 それを見送って、私、エリズ、ルクの三人が徒歩で帰路につく。もう森の中はすっかり暗くなっているので、ルクの魔法で明かりを確保。



「……結局、鹿神様って謎ばかりだったな。メディルに会いに来る理由も、メディル以外を避ける理由も、人型になれる理由も、少女の姿になった理由も、よくわからないや」



 歩きながら、疑問をこぼす。



「……これは単なる予想ですが、鹿神様は、メディルさんの望む通りに動いているんじゃないでしょうか?」



 ルクの予想に、私は首を傾げる。



「メディルの望む通り? それは違うんじゃない? とりあえず、メディルは、鹿神様に自分以外にも姿を見せてほしいと思ってるでしょ?」


「ふふ。ヴィーシャさん、こういうところは素直ですよねー」



 ルクが、子供を見る目で微笑む。左隣で私の手を握るエリズも、似たような表情。



「え? 私、何か変なこと言った?」


「メディルさんは、心の奥底ではきっと、鹿神様は自分以外の前に姿を現してほしくないって思ってますよ。自分だけを特別扱いしてほしいって」


「……なにそれ」


「可愛らしい乙女心って奴でしょうか? 自分が好ましく感じている相手には、自分だけを特別扱いしてほしいじゃないですか。

 鹿神様は元々人の心を読むと聞きますし、そっちの望みを叶えているんじゃないかなーと思うわけです」



 ルクが言うと、そうかもしれないとも思う。それに思い至らなかった私は何? とも思う。



「……じゃあ、人型になれるのは神獣の性質だとして、わざわざ女の子の姿だったのは?」


「あの場では、メディルさんは男性に恐怖を感じていたのではないでしょうか? 男性三人に誘拐されたような状況ですからね。だから、鹿神様も女の子の姿で現れたのだと思います」


「……なるほど。そうかもしれない」



 正解かはわからない。ただ、納得はした。



「……メディルと鹿神様は、これからどうなるのかな」


「さぁ、それはわかりません。友達になるかもしれませんし、もしかしたら……もっと深い関係になる可能性もあるでしょう」


「……恋人とか?」


「あるいは、夫婦とか」


「……ま、それはまだ先の話で、私たちが口を出すことでもないか」


「ですね。余計なことは言わず、静かに見守りましょう」



 人族の少女と神獣の間に友情が生まれることは、私も既に知っている。


 これが恋愛になることはあるのか? ……ないとは言い切れないか。恋とか愛とかは、時に種族を越える。


 狼さんと過ごした時間も思い出して、もしかしたら、狼さんと結ばれる未来もあったのかもしれないな、と思う。


 それはそれで、きっと幸せだったのだろう。



「……ヴィーシャさん」


「何? エリズ」


「わたし、一生、ヴィーシャさんを離しませんから」


「……はいはい。わかってるよ」



 軽く返事をして、強めにエリズの手を握っておく。


 狼さんとの未来もあったかもしれないけれど。


 まぁ、やっぱり、エリズと結ばれることになるのだろうなぁ、とは思っている。


 悪くないというか、うん、私にとってはいいことだとも、思っている、よ?

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