第46話 何か
日が暮れる前には、ビオナクの町に戻ってきた。
メディルを家に帰して、今日のところは宿に戻った。
宿では、ローナとルクは二人部屋、私、エリズ、そしてラーニャは三人部屋を利用することに。……明日の出発は少し遅めに設定しておいた。
五人で食事を摂ったら、各部屋で就寝準備。体を綺麗にしたり、着替えたり。
もう夜も更けていたので、エリズの魔力を利用しての魔法行使はまた明日以降にするとして。
「……それにしても、何で鹿神様はメディルの前にしか姿を現さないのかな?」
ベッドに腰掛けながら、疑問を口にしてみる。おそらく誰にもわからないだろうと思っていたのに、左隣のエリズが言う。
「鹿神様は、メディルさんのことが好きなのでしょう」
「好きって、どういう意味で? 神獣様なりに、一人の人間を気に入っているっていうこと?」
「好意的に見ているというより、恋に近いと思いますよ」
「……え? 恋? 鹿神様が? 人間に?」
私の感性ではあり得ない出来事だったので、混乱してしまう。
「そんなに意外ですか?」
「それは、まぁ……。鹿神様って、鹿なんでしょ? 種族も見た目も、何もかも違うし……。言葉を交わすことさえできないのに……。私が鹿神様だったとして、人間に恋をするってのは考えづらいかな……」
「ふふん? そういう感性は、やはり人族らしいですね」
エリズがたおやかに微笑む。普段は忘れている、種族の違いを感じさせる笑みだった。
「……エリズからすると、鹿神様が人間に恋をするのも普通なの?」
「はい。普通のことだと思います。人族に限らず、人間は相手の容姿を少なからず重視しますが、わたしたち精霊はそうでもありません。単純な外見より、魂そのものの美しさを重視します」
「魂の美しさ…‥」
「わたしたちは、肉体はあれど、精神体としての側面も持っています。そのせいか、単純な容姿よりも魂の美しさに惹かれやすいんです」
「……そう」
「魂自体を、人の外見のように見ることはできません。ただ、なんとなくで雰囲気を感じ取りますし、交流するうちに、その魂のあり方をより深く見極めます」
「……そっか」
「こういう感覚は、ラーニャさんならわかるのではありませんか?」
エリズが、私の右隣に腰掛けるラーニャに問いかける。……距離が近い気がするのは、今は放置している。
「そうですね。あたしたちも外見を重視しない種族なので、エリズさんのお話もわかりますよ。
とはいえ、鹿神様がそういう感覚で人間に恋するというのは、流石に飛躍しすぎではありませんか? 鹿神様、ベースは動物でしょう? 神獣は、聖なる魔力を浴び続けた動物が変化したものだって話もありますよ?」
「ベースは動物かもしれません。でも、例えば動物が人間と同じかそれ以上の知性や感情を持ち、身近に同様の存在がいなかったとしたら、対等に触れ合えるのは人間だけです。そうなれば、神獣様が人間に恋をするのはごく自然なことだと思いますよ?」
「……なるほど。それは一理あるかもしれません」
「鹿神様は、きっとメディルさんに恋をしていて、メディルさんにだけは会いたいと思っているのでしょう。まぁ、あくまで私の予想ですが、そう的外れではないと思います」
エリズの言葉が本当だとしたら、私たちが鹿神様に会うのはなかなか難しい……? でも……。
「……エリズの予想が当たってたとして、メディルに会いに来る理由にはなっても、メディル以外の人を避ける理由はなんだろう?」
「うーん……根本的に、鹿神様は人を避けるのかもしれません」
「そして、メディルだけは特別、と。……そういうことなのかな?」
会ったこともない、生態もよくわからない相手では、考えてもやはりはっきりした答えは出ない。
考え続けても仕方ないか、と思ったところで、ラーニャが言う。
「ところで、鹿神様って何歳ですか? 町で色々と話を聞いた感じ、もう百年以上前から鹿神様っているんですよね? ……
人間基準で考えるなら、それは流石に年齢差がありすぎる。メディルがもっと大人だったら年齢差もあまり意味がないかもしれないが……。
「鹿神様って、もしかして複数いるのではありませんか? 百歳を越えた大人の鹿神様と、まだ十歳くらいの鹿神様がいる……とか。そして、メディルさんに会いに来るのは、若い鹿神様です」
「……あ、そうかもしれない。神獣がどういう風に増えるのかは謎だけど、増えないっていう話も聞かない。鹿神様には、子供がいる? もしくは、ただの動物だったものが、神獣に変化した……?」
これも考えてもわからない。
ただ、もしメディルに会いに来るのが、まだ子供の鹿神様だったとしたら。
「……なんか、ちょっと切ないな。種族が違いすぎて、メディルは鹿神様に恋することはたぶんない。鹿神様の恋が報われることは、たぶんない」
一日メディルを見ていた感じ、鹿神様に対して恋心を抱いている様子はなかった。単に大切な友達のように思っているのではなかろうか。
「……そうですね。報われない恋だとしたら、切ないです」
エリズが寂しげに溜息。
「うーん、この種族差があると、単純に恋を応援する気持ちにもなりませんね。二人が結ばれることが、必ずしも両者にとって良いこととも思えません」
ラーニャも唸りながら呟いた。
「だね。ま、通りすがりの私たちが余計な口出しをすることじゃない。……下手に、鹿神様には恋心があるかもしれない、なんてメディルに伝える必要もない。私たちは鹿神様に会って、それで満足してトゥーリアに帰ればいい」
それでいい。きっと。
「ねぇ、師匠」
「……何?」
「師匠の力で、どうにかなりません?」
「……どうにかって? 私の力なんて大したことないよ?」
「エリズさんがいるではありませんか。エリズさんの膨大な魔力を駆使すれば、例えば鹿神様に人と同じ容姿を与えることもできるのではありませんか?」
「……え? そんなことできる? 私、あくまでも召喚士だよ? 他の魔法はほぼ使えない」
「何かいません? ひとまずは、他者の容姿を変えられる特殊な何か」
「そんな都合のいい霊獣とかいる? 聞いたことないよ……」
魔力があれば何でもできるわけじゃない。
流石にそんな都合良くはいかない。
「エリズは、何か知ってる?」
「うーん、精霊の中には、そういうのはいません」
「だよね……」
やっぱり、こちらでどうにかしようとしても無理がある話。
ここは大人しく、鹿神様を一目見て、あとは帰るだけになるだろう……。
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