第45話 うるっ

「いつかお話しませんでしたっけ? わたしと相性が良い人は、わたしの魔力を使うことができる、と」


「……そんな話もあったかもね」


「わたしの魔力をヴィーシャさんに注ぎ込んでも、ヴィーシャさんは全然平気でした。これ、他の人にはできないことなんですよ? そういうことなので、わたしの魔力を使って、ヴィーシャさんが魔法を使うことも可能です」


「……それがどうしたの?」


「ヴィーシャさんは、一人では強力な霊獣を召喚できません。魔力の性質的に向いていないようです。

 でも、わたしが魔力を貸すことで、もっと色々な霊獣を扱うことができるようになると思われます」


「……たとえば、どんなことができる?」


「一つには、精霊を呼び出すことも可能かもしれません」


「……は? 精霊様を?」



 エリズを見ていると精霊様の凄さを忘れがちだけれど、本来精霊様はとても尊くて強力な存在。一人呼び出せば、町一つを破壊することだってできてしまう。



「とはいえ、今は精霊を呼び出しても仕方ありません。でも、たぶん何かを探すのに便利な霊獣はいて、それを召喚することも可能でしょう」


「……なるほど」


「わたしは召喚士ではないので、召喚魔法の詳細はわかりません。でも、わたしと協力すれば、できることも増えるはずですよ」


「それは、そうかもしれない……」



 霊獣にも色々な種類がある。今すぐ鹿神様を見つけられる霊獣を呼び出すことは難しくとも、これから数日のうちに鹿神様を見つけられる可能性は高まるだろう。



「わたし、ヴィーシャさんにならいくらでも力を貸します。わたしの魔力で良ければ、好きなだけ使ってください」


「それは……ありがとう」



 エリズの魔力を自由に扱える? それ、エリズが私に協力してくれる限り、私はこのイーデリア王国でも五指に入るほどの召喚士になったのと同義では……?


 自分の置かれた状況に驚いていると、ローナたちが言う。



「エリズとセットのときだけとはいえ、そうなるとヴィーシャは私よりもよほど凄い力を持った召喚士になるなぁ」


「もはや最上級の召喚士ですね……。国のお抱えとなってもおかしくありません」


「うーん、師匠の背中が遠くなりますね。でも、それはそれで良いことです!」



 いやいや、本当に勘弁してくれ。平凡な召喚士として慎ましく暮らしていけば満足なんだ。いきなり最上級とか言われても困る。責任の重すぎる仕事なんてしたくない。



「……エリズ。そのことは、余所では絶対言わないで」


「はい。ヴィーシャさんがそう言うのでしたら」


「皆も、このことは内緒ね」


「ヴィーシャがそれを望むなら、ね」


「ちょっと惜しいですね。エリズさんと一緒に大きな仕事をすれば、地位も名声もお金もいくらでも手に入るでしょうに」


「師匠は本当に欲のない人です。もはや人族であるかどうかも疑わしいです」


「私は普通に人族だよ……。余計な面倒事を背負いたくない、ごく普通のね」



 しかし、エリズの魔力を使えるのであれば、何かしら利用するのは悪い話ではないと思う。鹿神様だけじゃなく、これから色々な神獣を探すのに有効利用できそうだ。



「……ねぇ、一応確認だけど、私がエリズの魔力を使えるのは、私の体質的なもの?」


「それもあると思います。でも、これはやっぱり、ヴィーシャさんがわたしのことを好きでいてくれるので、魔力の波長が合うんです」


「……私がエリズを好きだから?」


「はい。お互いに好き合っている状態だからこそ、わたしとヴィーシャさんの間でスムーズに魔力の受け渡しができます。

 もしヴィーシャさんがわたしのことを嫌っていたり、わたしのことを何とも思っていなかったりすれば、こんなに上手くいきません」



 エリズの言葉を聞いて、頬が熱くなる。


 ローナたちが、ほほう、と頷いているのが腹立たしい。



「わ、私は……っ」


「エリズさん、エリズさん。その、好き合っている状態というのは、どれくらいの好きなんですか? 軽めの恋ですか? それとも、深い深い恋ですか?」



 こういうとき、茶化すように尋ねるのはもちろんラーニャだ。



「たぶん、お互いのためになら命を懸けて戦えるくらいの気持ちが必要です」


「ほほう。なるほどなるほど。……やれやれ、師匠は相変わらず素直じゃないんですから」


「や、ちがっ。私は、確かにエリズを好きっちゃ好きかもしれないけど、命を懸けて戦うとかまでじゃ……っ」


「師匠。余計なことは言わなくていいですよ。あたしたち、わかってますから」


「わかってないでしょ!? エリズ、変な勘違いさせるようなこと言わないで!」


「勘違いはさせてないと思いますよ? わたしはヴィーシャさんを大好きですし、ヴィーシャさんだって、なんだかんだいいながら、わたしのためなら命だって懸けてくれるでしょう?」


「……知らない! そんな状況になることがまずないし、考えたってしょうがない!」


「そうやって答えをはぐらかすところ、可愛くて好きです」


「うるっさい!」



 無駄に体が熱い。森の中は日が差し込まないからひんやりしているはずなのに、熱がなかなか抜けてくれない。


 私たちがわちゃわちゃやっていると、メディルが複雑そうな顔でこちらに歩いてきた。



「メディル! どうだった!?」



 無駄に大きな声で尋ねたら、メディルが右手を掲げた。その指先に、蒼い毛が数本。



「……鹿神様に会ってきた」


「え!? 鹿神様、現れたの?」


「うん……。一人でいたら、普通に現れた」


「今は?」


「もういない。皆を呼びにいこうとしたら、どこかに行っちゃった」


「そう……。鹿神様、よほどメディル以外に会いたくないんだね……」



 シャイなのか、なんなのか。


 鹿神様にとって、メディルはそんなに特別なのだろうか?



「その毛は、鹿神様のもの?」


「うん。頭を撫でてあげたとき、手についたの」


「そっか……。それだけでも綺麗だね……」


「欲しければあげるけど、いる?」


「……そうだね。もらっておこうかな」



 鹿神様の毛。売れるわけではないし、魔法薬の材料になるわけでもないだろう。


 しかし、鹿神様に会うことさえままならない状況では、これだけでも感慨深いものがある。



「これ、使っていいですよ」


「あ、うん。ありがと」



 ルクが小瓶をくれた。道中、良い薬草などがあれば採集していれておくために持ち歩いているものらしい。なくしそうだったので助かる。


 小瓶に毛を入れて、その小瓶をリュックに入れる。



「……さて、と。鹿神様は、きっと私たちには会いたくないんだよね? 今日のところは引き返そうか」



 メディル以外の四人が頷く。


 メディルは、悲しそうに呟く。



「ごめん……。また、会わせられなかった……」


「気にしないで。明日以降にもまた探してみるからさ」


「……うん」


「それにしても、メディルは本当に鹿神様に好かれているんだね」


「……そうなのかな。そうだといいな」


「そういうことなんだと思うよ。人前には姿を現さないのが普通で、メディルだけ特別だから、姿を現す」


「……メディル、鹿神様に好かれるようなこと、したかな」


「さぁ……。自分では気づかないけど、案外好かれることをしているのかもしれないよ?」



 それ、自分に言ってます?


 エリズが指摘してきたのは無視だ。



「さ、遅くならないうちに帰ろう」


「……うん」



 再びメディルを先頭に、ビオナクの町に引き返す。


 鹿神様には会えなかったけれど、鹿神様がこの森にいることはわかった。


 あとは、明日以降に根気強く探してみるだけだ。

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